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Scene”Sister” [仮面ライダー]

Sceen”Sister”

 教室の窓側の席と言うものはついつい視線が外に向いてしまう。
 少し開いた隙間から早春の優しい風が彼女の肩辺りで切りそろえた髪を静かになでていた。
 隣の棟へ渡されている連絡棟がやや遠くに見え、その屋上に並んだ花壇に揺れる橙色の花になんとげなしに視線を置いていると突然ほほに冷たいものが当てられた。
 驚いて意識を引っ張り戻すと机をはさんで前の席にこっち向きに座ったポニーテールの少女がことりと紙パックのいちごオレを置いた。
 「由佳里今日ずっとそうしてる~。」
 「え?」
 「また優君の事でしょ。」
 言いながら少女はオレンジジュースのパックにストローをさした。
 「う~ん・・なんだか様子がおかしいのようねぇ・・。」
 由佳里は親友に習うと突き刺したストローの先を細い指先でつついた。
 「元気ないって言うか・・悩んじゃっているっていうか~・・。男の子は難しいのよう・・恵美ちゃんどうしたらいいと思う~?」
 甘えたような声を出す由佳里の鼻の頭を恵美は軽く突いた。彼女には甘えられる人間がほとんどいないことを知っていた恵美だったがあえて軽く突き放したかのような言葉を選ぶ。
 きっと由佳里は軽く背を押してもらいたいだけなのだから。
 「弟のことは自分で何でもするって豪語しているのはどの子よ。」
 「む~・・鼻が低くなっちゃうよ。」
 両手で鼻を押さえる由佳里に恵美ははぁっとため息をついた。
 「確かにそれ以上低くなったら事だわね。あれじゃないの?先日あったあれで由佳里のこと心配しているんじゃなくて?」
 「う~ん・・私は大丈夫なんだけどなぁ・・」
 小さめの口をストローにつけると由佳里は一口中身を含み、そしてぱたと立ち上がった。
 「恵美ちゃん!今日部活休むね!」
 「そう来ると思った・・先輩には私から言っておくね。」
 恵美は首をすくめて苦笑したが、やや羨ましげに目を細めた。
 「うん!ありがとう!お願いね!」
 言うが早いか由佳里はかばんを抱え、パタパタと教室を後にした。
 「やれやれ・・・ブラコンさんにも困ったものだ。」

―――――――

 正門で待っていると通りがかる中学生たちの幾人かが挨拶をしていく。
本人にはそのつもりはないのだがそこそこ有名人なのかもしれない。
 「こんにちは由佳里さん。」
 「こんにちは横井君。」
 弟のクラスメイトならほとんどの顔を覚えていた。
 少女の微笑を受けると少年ははにかんだ笑みを見せた。中学生にとっては年上の高校生はいくらか胸をときめかせる存在なのだろう。
 「優ならもう来ると思いますよ。俺呼んできましょうか。」
 すると由佳里は笑みながら小さくかぶりを振った。
 「ありがとう。でも約束はしていないもの。優ちゃんを急かしたくないの。」
 「そうですか?」
 少年は何か理由をつけて話を続けたかったのだが由佳里は微笑んでありがとうと言った。
 他の話題を振りかけたとき、由佳里はあっと小さく言ってそこから正門の柱の陰に身を隠した。
 少年がいぶかしむと彼女は小さな唇に人差し指を沿え、片目を閉じた。
 数人の少年達が固まって正門を出てくる。その一団が横井少年の前を通り過ぎた時、一番右にいた少年の背中に飛びついてくるものがあった。
 「だぁ~れだっ♪」
 少年は驚いて立ち止まったが、すぐに誰であるか思い当たって力を抜き、自分を捕らえている両腕に手を置いて言う。
 「お姉ちゃん。」
 「正解ー。」
 一層強く抱きしめてくる姉を嫌がることもなく優は微笑んだ。
 
 「いいな~俺も由佳里さんみたいなお姉さん欲しいなー。」
 「一日だけでも貸して欲しいなー。」
 友人の前でべたべたされると言う行為をされても優は嫌がらず姉が腕を解くのを待ち、開放されるとその隣についた。
 「もしかして優ちゃん今日はお友達と帰りたかった?」
 優は目を合わせないまま小さく答える。
 「お姉ちゃん僕を心配して来てくれたんだもの。お姉ちゃんと帰るよ。」
 由佳里は申し訳なさそうに笑ったが、他の男子生徒たちに小さく頭を下げた。
 「みんなごめんね、今日どうしても優ちゃんと帰りたいの。」
 「そんなのいいですよ。」
 「その代わり今度デートしてください。」
 「俺由佳里さんの弁当がいいです。」
 次々上がる言葉に優が口を開いた。
 「お前ら無理言うなよ。」
 すると由佳里がくすくす笑った後続けた。
 「デートは約束できないけれど、今度優ちゃんにお弁当多めに持たせるわね。」
 歓声が上がる。
 「じゃぁみんなありがとう。さようなら。」
 「さようなら由佳里さん。ついでに優も。」
 
 並んで歩く姉弟を見送る学生たちのやや羨ましそうな視線がのこった。
 「由佳里さんもなぁ・・他の女子高生みたいに短いスカートはけばもっといいのに。」
 「いまどき膝丈ってなぁ・・もったいない。」

―――――――

 姉に手を握られて歩きながら優はうつむきかげんでいた。
 様々な思いがこみ上げてきてまともに姉の顔が見られない。
 母親のいない自分を育ててくれたのはほぼ姉だと言っていいだろう。
 その姉は優に一度も手を上げたことはない。どんなにきつく叱る時も手だけは上げなかった。彼女が取っ組み合いの喧嘩をしているのも見たことはない。

 暴力。

 それは姉の最も嫌うことなのだろう。
 彼女は極力極力優をそういったものから遠ざけてきた。
 友達が面白いと教えてくれたプロレスなども決して見せてはくれなかった。学校でそれの真似事をする事にも眉をひそめるほどだった。
ただ、暴力と言えるかどうかわからないが、男の子だから大目に見てくれたのか、ヒーローもののアニメや特撮だけは見せてくれた。

 男の子としては正直そういう遊びもやってみたい。それが元で仲間はずれにされたこともあった。
それでも姉はそういう遊びの仲間に入ることはしないで欲しいと真剣に言ったものだった。
 優がいじめにあうことがなかったのは、由佳里が「暴力はは良くないが、強くはあるべき。」と自らの生き方で教えていたこと、弟に対して年齢不相応なほど惜しみなく目いっぱいの愛情を注いでいたこと、優が姉に対して絶対の信頼を置いていたことにあるだろう。
 優は卑劣な行為に対しては否を唱えたし、また困っている者を見捨てはしなかった。
 優自身は意識していなかったが、人の嫌がる事をあまりしない彼に周りが好感を持つのは自然だったのかもしれない。

 「優ちゃん?」
 突然声をかけられ優はどきりとした。
 
 由佳里はくすくす笑ってそんなに驚くことないじゃないといった。
 「悪いことをしたわけじゃないんだから。お姉ちゃんもう大丈夫だよ?」
 優は小さくうなずいた。

 「それとも・・」
 由佳里はやや声のトーンを落とした。
 「学校で何か聞かれた?」




 数日前、事件があった。
 父の帰りが遅く、二人はたまにはと思い、外食に出かけた夜だった。

 それほどかしこまった店ではないのに由佳里はいつもより少しだけおめかしして、行くすがら若い男が時々彼女を目で追うのを見ては誇らしかった。
 学校であった話なんかして、お笑い芸人のネタについて笑って、ヒーローの話になって、好きなヒーローのことをあれこれ語るうちに話がそれ、格闘ゲームをお小遣いで買っていいかと聞いて却下された。

 暖色の間接照明に照らされたゆったりとした店内で、いつもよりちょっと豪華な料理を二人で囲むのはとても素敵な時間だった。

 食事がもう少しで終わると言うとき、それは起こった。
 耳を劈く音はガラスが激しく砕けるもの。外から転がり込んできたそれが一体なんであるのかも理解できぬまま店内は騒然となった。
 何事か何事かと皆が辺りを見回し、床に倒れているそれや、そのあと窓から入ってきた尋常ならざる者の登場で悲鳴は伝播した。
 
 全身こげ茶の体毛に覆われた天井に届きそうな背むしの巨躯にその曲がった背から床につきそうなほどの長い腕が伸びている。
それだけでも尋常ではなかったがその顔は異常なまで巨大な複眼があり、そして額にはビー玉ほどのものもいくつもいくつもついていた。
 
 実際に店の耐震性の窓ガラスが破壊されている事実。
 アトラクションか何かだとは思えない説得力はどんどん持たされてゆく。
 椅子が壊される、テーブルが踏み砕かれる。人が飛ぶ。跳ね飛ばされる。さっきまであそこに座って素敵な時間を楽しんでいた客たちがとんでもない姿をした化け物に目の前で物のごとく乱暴にどかされてゆく。

 優は目を見開いていた。
 はねとばされた者は、蹴り飛ばされた者は、放られた者は、壁に鈍い音を響かせたり、あらぬ方向に腕が曲げられていたり、額から血を流していたり、それらが瞬く間に行われていったのだ。
 
 動けないでいる優の手をとり、由佳里は壁際まで引き寄せてくれた。そしてカーテンと観葉植物を使って優を隠した。出口に行くためには化け物の目の前を通らなくてはいけなかったからだ。
 
 「優ちゃん、声だしちゃだめよ?」
 「お姉ちゃんも入って!まだ入れるよ。」

 そのときに聞こえた幼い声。

 

 思い出しながら優は一度きゅっと目を閉じた。
 
 由佳里は弟の様子に気づき、歩を止めた。
 「思い出しちゃったね・・怖かったね・・。でももう大丈夫。あのお化けはもういないわ。お姉ちゃんも無事よ。」
 そういって弟に視線を合わせる。由佳里のほうがいくらか背が高いので自然とひざを曲げる形になった。
 「うん・・」


 あの事件のあと、警察には何も聞かれなかった。ただ、正式に事件が発表されるまでは口外しないように言われた。

 あの化け物が何であるのか、その後どうなったかについてはあまり詳しく教えられなかった。ただ、あのレストランに転がされたテレビに出て来るヒーローのようなロボットのようなのが化け物を退治したから心配は要らないといわれた。

 もう一つの怪事件、一晩のうちに突如現れ街を飾った蜘蛛の巣のオブジェは新進気鋭のアーティストが許可も得ないで勝手に行ったパフォーマンスだと言うことにされたようだったが、由佳里はきっとあれも怪人の仕業だろうと言っていた。

 「怖い思いをしたのはお姉ちゃんのほうなんだから。」
 優は目を合わせずに言った。

 「でも心配かけちゃった。」
 「うん・・でもなんともなくてよかった。」


 
 「優ちゃん、声だしちゃだめよ?」
 「お姉ちゃんも入って!まだは入れるよ。」
 パニックの中、子供の声が聞こえた。
 「わー!ママをよくもやったな!こいつ!!」
 鎧の男の喉を掴み、片腕で持ち上げている化け物のその片足、そのひざにも満たない小さな子供。
 あんなに素早く動く由佳里を見たことはなかった。にもかかわらず、優はそれはとてもゆっくりに見えていた。
 駆けてゆくその背に彼女が今まで優に言った言葉がいくつも重なる。

  「暴力は良くないことよ?一番すごいのは暴力を振るわないこと!」
  「誰かの助けになれるとき、それをちゃんとできたらお姉ちゃん優ちゃんの事、誇ちゃうなぁ。」
  「お姉ちゃんはね、弱いものいじめって良くないと思う。一番やってはいけないことの一つだと思う。」
 
 由佳里はその言葉を嘘にさせないために弟に示したのだろうか。それとも元来そういうものが染み付いていしまっていたのだろうか。
 だから・・・優は見てしまった。
 あの巨体を支える強靭な足の容赦ない蹴りが、自分が最も大切にしている者を、線の細い少女を店の反対側まで跳ね飛ばす様を。
 硬い壁に跳ね返り、崩れ落ちる様子を。
 ぶつかった場所からべっとりと尾を引く血の跡を。


 病院で意識を取り戻した由佳里の回復は著しく、後遺症もまったく残らず脳波にも異常はなかったそうだった。
 そのベッドに突っ伏し優はのどがつぶれるほど泣いて姉を困らせた。


 
 由佳里は、優が自分と目を合わせないのは一人だけ隠れていて姉を見殺しにしてしまったとでも考えているからだろうと思っていた。

 「優ちゃんはなんにも悪い風に思わなくていいのよ。たまたまあの子の近くに他の大人がいなかっただけなんだから。むしろお姉ちゃん、優ちゃんが無事でうれしいくらいなのよ。」
 「お姉ちゃんだって大人じゃないよ。」
 「この際細かいことはいいのよ。そんなことより、ね、今から美味しいもの食べに行かない?お食事やり直すの。」
 いいことを思いついたように由佳里はぱっと顔を輝かせてそういった。
 「そりゃあ・・前みたいにちょっといいとこによるってわけには行かないけど。ファミレスくらいは平気だわ。お姉ちゃんのおごり!パフェつけちゃう!」
 優は小さく笑った。由佳里はそれを見逃さない。
 「あ 笑った♪」
 「だって、パフェだなんて。僕は男だよ。」
 「あらぁ、男の子だって食べる人いるのよ?むしろ女の子より多いかも!」
 大げさなジェスチャーで言う由佳里に優はほんとかなぁと首をすくめた。
 由佳里はほんとようと言いながら再び弟の横に並び腕を絡めて歩調を速めた。

 優は自分が落ち込んでいる様子を姉に悟らせたことは良くないことだったと自分で思った。
 自分がもう一度姉の目をまっすぐ見られる日は来るだろうか。
 自分はもう姉にふさわしくない弟になってしまったのではないだろうか。
 
 腕に絡められたぬくもりが余りに暖かくて優は泣きそうになっていた。


2010-05-09 08:39  nice!(2)  コメント(2)  トラックバック(0) 
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takehiko

あの時の少女と初めは重ならなくて、
読み進むにつれて引き込まれてゆきました。
このサプライズは目で追う映像では中々難しい、文章だけの特権ですねw

今後どう関わってくるのかな?
このいじらしい姉弟が幸せになるといいなぁ。

わくわくわくわく。
by takehiko (2010-05-10 21:00) 

xephon

takehikoさん甘めのコメントありがとうございますw

一見ダダ甘な由佳里さんですが実は芯が強いようですね。

一見シスコンな優君はやっぱりシスコンなようですねw

by xephon (2010-05-12 04:39) 

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