Scene”Serum” [仮面ライダー]
蝙蝠はやや上目遣いに教授を睨んでいた。
「そうだな。敵が入り込んでいるとしたならまず、あらゆるゲートを遮断し、退路を断つ。」
教授はうんうんと頷きながら扉にロックをかけた。
「それから?」
「それから。」
蝙蝠は続けた。
「そいつが潜んでいるところに戦力を向けるだろうな。仮にいくらか倒されたとしても、波状攻撃をかければまず間違いなく叩ける。数の上で圧倒的だからな。」
「なるほど、ヒーローの数は多くない・・・ならそうなるだろうね。」
教授は保管庫の一つから小さなバイアル(薬品の容器)を一つ取り出した。
蝙蝠は奥歯を噛み締めた。
教授は別のところから短銃のようなものも取り出した。それはアウォークに使われる注射器である。
「さて、治療が必要だったね。変身を解いてくれるとありがたいのだが。」
そう言いながら銃に血清を装てんしかけて教授は手を止めた。
「おお、これはいかん。これは人間用だった。君に必要なのは哺乳類に特化したアウォークに最適化されたものでないといかんな。」
装てんしかけた血清を教授は保管庫にしまうのではなくなぜかトランクに詰めた。
蝙蝠がそれの一連の動作を睨む。
教授は別のバイアルを取り出し、こっちだったこっちだったと首をすくめた。
「さて、蝙蝠君、とりあえず傷を診せてくれるかね。何しろその体毛で見えないのでね。」
蝙蝠は立ち上がった。
「教授。一人だけで裏切り者と思しきアウォークと対峙するのは危険ですよ。」
蝙蝠を見上げながら教授は頷いた。
「そうだね。アウォークは人を殺すために調整された存在だ。そんなものと策も無しで対峙するのは猛獣と向き合うのに似ているかもしれないねだがそれは人間相手でも同じことだよ。」
蝙蝠は腕をくいと前に出した。
「例えば俺が、こんな風に傷を見てもらう振りをして近づかせ、あなたを殴り倒さないとは限らないでしょう。」
教授は笑った。
「そんなことするつもりで来たのならすでにやっているだろう?それに、信頼って言うのはお互いで行うものさ。僕が用意した血清が実は毒薬でないと君はどうして言い切れようか。」
蝙蝠は教授を見つめた。
教授はそれをまっすぐ受け止めていた。
「君は。」
教授が口を開いた。
「君はここに来たらころされる可能性がとても高かった。それがわからないほど間抜けには見えないのだがね。」
蝙蝠は表情を変えずに答える。
「教授にはわからないかもしれませんが、来ないことが死を意味したのですよ。」
教授は再び蝙蝠の目を見てしばらく黙っていた。
だがまた口元をほころばせ、二度頷いた。
「なるほどなるほど。そういうことか。」
蝙蝠が何か言おうと口を開きかけた時、教授はとんとんと自分の首筋を示した。
「この辺りをやってくれると都合がいいんだがね。」
「教授・・」
教授は小さく笑った。
「私は組織を裏切るわけには行かないからね。」
蝙蝠はなるほどと答える。
その時警報が鳴り出した。
―――――――
ドーム状の天井を持つ地下の広いエントランス、戦闘服を着た男達にタンクトップの男と丸刈りの男が怒声で指示を出していた。
数秒前、秘密の地下道のセンサーにかかった人影がある。
それは映像から乗り物に乗っていないことは明白だったがそれにもかかわらず尋常ではない速度で迫ってきているのだ。
隔壁をいくつか閉じてみたが閉まるより先にもぐりこんだり、何らかの手段で破壊したりして確実に向かってくる。
「来るのは敵だ!配置につけ!奴は只者じゃない、ハードウェアのお兄さんかも知れねぇぞ!」
侵入者がエントランスのゲートをまるで砂のように崩壊させた瞬間、取り囲むように配置されていた兵士達の機銃が一斉に火を噴いた。
「気を抜くな?!奴さんトンネル内のセキュリティ、全部突破してきてんだからな。オートタレットで止められなかったんだ。」
砂になったゲートをもうもうと巻き上げ銃撃は数秒間続けられた後やんだ。
そこには人影は残っていなかった。
「気をつけろ?ハードウェアなら並みの銃弾なんぞ通さないからな。」
丸刈りがつぶやくと左手の方から悲鳴が上がった。
全員が一斉にそこに砲火する。
仲間の一人がその銃弾を受け、激しく肉体を四散させた。
それがあったところから舞い上がった者は、ドーム状の天井を背に照明を受けてキラキラと白銀に輝いていた。
「あいつは・・・」
「Arts!」
―――――――
教授は持っていた短銃もトランクに収めるとそれを蝙蝠に突き出した。
「持って行くがいい。」
蝙蝠はそれを見つめ、そして受け取った。
「あなたは。」
教授は首を振った。
「私はヒーローではないからね。悪の科学者と言ったところさ。あいつのような勇気はないのさ。」
蝙蝠は軽く唇を噛んだ。
教授はドアを開けると言った。
「さあ、行くといい。」
蝙蝠は頷くと教授の首筋を打ち、気絶させてそこから出た。
ラボの中はあわただしかった。
警報は侵入者のあった事を示している。香川が見つかったのだろうかと蝙蝠は考えた。
とりあえずトランクを提げてラボを出ると出口に向かうゲートに進んだ。
ゲートは鉄格子で二重になっており、奥と手前の間に数メートルの空間がある。そして手前のゲートを操作できるのは奥のゲートの傍にある装置が、そして奥のゲートを開くためには手前の装置を動かす必要があり、どちらにも門番がついている。
蝙蝠がそこまで来ると手前の門番は帰るように言ってきた。
「なんだと?侵入者が来ているのに迎撃するなというのか。」
「迎撃は今しています。あなたの外出の許可は下りていません。」
蝙蝠は苛立った。こんなことをしていたらいつまでたっても届けることなどできない。
「緊急事態だろう!」
その時蝙蝠の隣で鉄格子のゲートが派手な火花とともに切り裂かれた。
驚く二人の前に何かが揺らいでいた。
蝙蝠は躊躇せずにゲートに飛び込むと奥のゲートも切り開かれた。
「逃げずに残っていたとはな。」
「監視するといったろう。」
空間が返事をする。
「侵入者だ!基地内にも侵入者が入り込んでいるぞ!」
門番が内線連絡に怒鳴り散らす。
わらわらとあちこちから足音が近づく。
「やり過ごせそうにない。」
「こうなると思ったさ。コンバットテクスチャ。」
「Mapping」
ブルーメタリックの姿が蝙蝠の隣に現れる。コンシール状態のハードウェアシステムはそうでない時に比較して防御力や機動力が劣ってしまうのだ。
いきなり天井の一部が開き、そこから機銃が覗いた。
蝙蝠はすぐに反応し、それを叩き潰したが、それは一箇所ではなかった。
別の箇所から銃撃が始まる。
香川はそれを身に浴びながら突き進み、剣で切り落とした。
「頑丈なヤツだ。」
蝙蝠は香川に続き走った。
通りの先にわらわらと人影が現れる。
戦闘服の彼らが撃ってくる前に香川は近づき、その武器を叩き落すとその腕力に物を言わせて打ち倒した。
「アウォークじゃないのか?」
「こんな末端のアジトじゃ数をそう多く揃えていないのだ。だが気を抜くな。」
通路の反対側から別の一段がわらわらやって来る。
「どうやらもう言い訳は聞いてくれそうにないな。」
蝙蝠が言うと香川は今まで聞いてもらえたことがもらい物だろといった。
勢いのまま通路を突破し、いくつかの交差路を抜けて簡単なゲートを二つばかり突破したところで香川は前方に厄介なものをみとめた。
「そこまでだ、ハードウェア。指令がなくて仇も討てなかったがそっちから飛びこんでくれるとはな。」
「あの時の生き残りか。」
現れた蜘蛛のような異形に、香川は剣を構えた。
背中で声がする。
「厄介な奴が現れた。」
「ああ、わかってる。」
「ならば、その雑魚は頼んだぞ。」
その言葉を香川が怪訝に思った時、蝙蝠は香川をすり抜け、蜘蛛が発した網が広がりきる前にその横を駆け抜け、相手の頭を踏みつけて走り去った。
「あいつ!」
香川がそうもらした時、香川の横をすり抜けていく者があった。
前方の蜘蛛にも負けず劣らず禍々しいその姿は蠍のそれに酷似していた。
蝙蝠は通路を駆け抜け、後ろから飛ばされた毒液を通路に面していた扉で防ぐと、その中に飛び込んだ。
香川は蝙蝠が入った部屋に蠍も入っていったのを頭を踏みつけられかがみこんでいる蜘蛛越しにみとめると、目の前の敵に向けて斬りかかって行った。
蠍が扉に入ると蝙蝠は部屋の中央で身構えていた。
「なるほど、倉庫の広さがあれば通路よりもこの剣から逃れる確率は確かに上がりますね。だが、こちらも振るいやすくなるってもんですよ。」
蠍はドアをロックし、六振りの剣を構えると、まっすぐ蝙蝠に突っ込んだ。
上段から矢継ぎ早に振るわれる三つの斬撃が身に当たる前に蝙蝠は身をかがめ、蠍の軸足を払う。
ダッシュの勢いと剣を振るう状態にあってそれはたまらず蠍は転倒するかに見えたが、長い尾と残る剣をあたかも足であるかのように利用し、空中で側転するように転倒を免れる。
しかし蝙蝠はこれも想定していた。
足払いの勢いのままもう一回転し、そのまま上段回し蹴りに繋げる。
蝙蝠の蹴りは速い。異様な体重移動の最中避けられない蠍は両肩の挟みを交差させて受け止めた。
勢いは打ち消すことはできず、蠍は跳ね飛んだが器用に転倒を免れ、再び襲い掛かろうとしたが、その体制を整える前に蝙蝠の突きが迫っていた。
それは見事に蠍の顔面を捕らえ、今度こそさそりは転倒した。
蝙蝠はそれでも許さず踏みつけに来るが蠍はこれを剣を振るって制した。
「驚きました。蝙蝠というのはなかなかすごいのですね。」
蝙蝠は構えを解かずに言う。
「蝙蝠がすごいのではない。俺がだ。お前こそ、再生が済んだばかりでよぼよぼじゃないか。」 蠍は立ち上がった。
「返す言葉もありませんね。でもおかげで目が覚めました。」
時間差を使っての四連の突き。
直線的なその攻撃を見切って蝙蝠がそれをすいとかわすと最後の突きがくんと向きを変えて水平に薙いで来た。
それをかいくぐって攻撃を試みるも、それこそ蠍の狙った所。
残しておいた刃が足を、そして鋏がが首を狙ってくる。
蠍が身を引かないのが気に入らなくて自らが身を引いた蝙蝠は目の前を刃と鋏がかすめるのを見た。
蝙蝠が攻撃を入れるためには剣をかいくぐらなくてはいけない、しかし蠍はいつも攻撃の後に迎撃用の手段を残している。うかつに飛び込んでもそれを受けてしまうだけだ。
手数においてもリーチにおいても蝙蝠は圧倒的に不利であった。
蠍が再び動く。
蝙蝠を中心に螺旋を描くように自らも回転しながら。
刃は変則的に高さを変える。
蝙蝠は距離を置こうと動くが蠍はそうはさせない。
迫る刃から逃れようとするも、勢いのついた駒のような蠍は見事に回り込んでくる。
螺旋の中心にならないように移動するが、常に近づいてくる相手から一定の距離を保つがの精一杯だ。
背を向ければ逃れられるかもしおれないが、そのとたんに毒液が飛んでこないとも限らない、相手を正面に捕らえながら間合いの外にい続けるのは蝙蝠をして骨の折れることだった。
蝙蝠は歩を止めた。
蠍はすぐに追いつき回転のこぎりのように切りつけた。
その刹那、蝙蝠は相手の螺旋の動きに合わせるように動きながら自らも回転した。
二人はまるで噛み合った歯車のように回り、蝙蝠は相手の剣と剣の間に滑り込みその腕を掴んだ。
結果蠍はこうもりの回転に引っ張られる形で振り回され、蝙蝠は相手を床に組み伏せようとした。
蠍は力ずくで振り払い、一時蝙蝠から離れる。
「おっと危ない。両手でつかまれていたら危なかったですね。その大事そうなトランク、よほど素敵なものが入っているのでしょうね。」
蝙蝠が答えないでいると蠍は首をすくめた。
「まさか片手だけで本当に勝てるなんて思っていないでしょうね。助けてくれるお友達も今回はいませんからね。」
蠍は今度は明らかにトランクを狙ってきた。
蝙蝠は後方に降って回避し、追撃してきた斬撃を剣の背を蹴り飛ばしてそらした。
「戦い易くしてあげようというのですよ、邪魔でしょう。」
蠍は執拗にトランクを狙った。
蝙蝠は次々と襲い来る剣からトランクを遠ざけ、自らの身を前面に出しかばった。
水平薙ぎに対しは剣を踏みつけ、蹴り上げ、垂直の切りつけには拳で弾き、袈裟斬りは体を裁いた。
幾撃かがトランクをかすめ、傷をつけた。
そうして八連撃をしのいだ時、蝙蝠は床に転がされた。
あわててその場を退避するといた辺りの床に毒針がかつんと当って毒液が小さなしぶきを上げた。
トランクばかりに気を取られ、蝙蝠自身を攻撃してきた鋏に気づかなかったのだ。
毒針の後も小気味良い音を立てながら剣が次々追ってくる。
その時入り口の方で派手な破裂音がした。
ドアが見事に真っ二つになり、そしてそこから体半分になった蜘蛛が倒れてきた。
「おやおや、ヒーローのお出ましだ。」
一度ちらりと入り口を見た蠍だったが再び蝙蝠の向くと剣を繰り出した。
素手の蝙蝠は明らかに不利だ。
香川は持っていた剣を蝙蝠に投げた。
「使え!」
蝙蝠は飛んできた香川の剣を蹴り飛ばすと転がって蠍の懐に入り、その腹に蹴りを入れる。
ところが蠍は身を翻してかわすと、その勢いのまま回転して蝙蝠に突きを見舞う。
「馬鹿!なぜ受け取らん!」
香川は銃を取り出し蠍を撃った。
背中を撃たれた蠍は体液を跳ね、そして香川に向いた。
「蝙蝠君とは対照的に何でもありのヒーローですね。」
「誰がヒーローだ!」
香川は次々発砲した。
蠍はすいすいよけて見せたり剣で弾いて見せた。
後ろから蝙蝠が襲い掛かる。
蠍はそれを予期していた。
背中側の腕の剣が振られるとそれがトランクに当たった。
軽く空を飛んだトランクに蝙蝠の注意がそれる。
蠍はそれを狙っていた。
体ごと回転し、一気に四連を放つ。
気づいた蝙蝠は初撃を片手でそらし、二撃目に備えたが三撃目がトランクを狙う軌道だと気付いた。
かわしたら間に合わない。
その判断が蝙蝠に不利な行動を取らせた。
蝙蝠は二撃目を左腕に受けながらトランクを右腕で抱えた。
三撃目は空を切ったが四撃目は二撃目を受けバランスを崩していた蝙蝠の抱えるトランクにヒットした。
アウォークの力で叩きつけられた剣の前に、トランクは大きな裂け目を作った。
ふらついた蝙蝠に蠍はさらに追撃した。
トランクは宙に舞い、真っ二つに裂かれると中身がばら撒かれた。
腹部を貫いている剣から滑り落ち、床を転げる蝙蝠の傍に、アウォーク用の注射器や、バイアルがばらばらと転がった。
「おい!」
香川が思わず声を上げる。
「おやおや、こんなものを大事に持っていたんですか。何のお薬でしょうかねぇ。」
香川が再び蠍を撃つ。
蠍は香川に向き、いくらか弾き、いくらか受けた。
蝙蝠は起き上がろうとした。
しかし体が思うように動かない。火がついたような激しい痛みのあまり床の上を転がった。
段々体がこわばってくる。
それは傷口から徐々に他の部位を侵食し始め横隔膜さえ麻痺させようとしてくる。
全身からいやというほど汗が溢れ、意識が遠のいてゆく。
おぼろげな視界の先に由佳里のために持ち帰らなくてはならない血清の入ったバイアルが見えた。
そしてそれがまさに今、蠍の足によって・・・踏み砕かれた。
共通テーマ:キャラクター
くううっ。
ここまで来たのにっ!
何てことだっ!!!
まだ蝙蝠さんがどういう経緯でアウォークになり、
この教授とどういう生活をしていたのかはわかりませんが、
この何とも言えないお互いの間に流れるものの深さに
感動してしまったのもつかの間、
まさかこんな展開になろうとはっ!
そりゃあ、蠍のリベンジはあると思いましたが、大事な血清がっ!!
これでは白いArtsがせっかく来ても・・。
こりゃ、香川さん。
今だ、今活躍するのだ~~っ!!
by takehiko (2010-07-06 15:41)
takehikoさんコメントありがとうございます。
takehikoさんの名文には到底およびませんけど読んで下さってありがたいです。
このお話、何気に香川が主人公っぽいのに(本当は脇役です。)見せ場が一切無い気の毒な男ですね・・。
優秀な男だからこそハードウェアシステムをまかされているのになんたるへたれ・・w
by xephon (2010-07-07 15:27)