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明けましておめでとうございます。 [イェルクッシェ]

大神イェルクッシェ003.jpg
『大神イェルクッシェ』


2018-01-01 21:06  nice!(3)  コメント(2) 

奇跡の起こらない聖夜(創作) [創作]

     奇跡の起こらない聖夜


   第一幕:子供の事情

   第一場:教室で


 賑わう休み時間の教室中が注目したほどに、どっと起こった笑いがとり囲む中で、拾ったばかりのごみを屑籠に放ると、周りに反発するように彼は軽くあごをあげた。
 
 おかしなことは言っていない、お前らがおかしいんだと、無言のままに眼差しで語る。 

 その様子にひときわ大柄な少年が明らかな侮蔑を声に混ぜて言った

 「ジャスティン君はいくつかなぁ?もう五歳になったのかなぁ?」

 「お前と同じ十歳だよマック。」

 そう呼ばれた大柄な少年は再び笑った。

 「十歳にもなってなんだって?サンタがいる?おい聞いたかみんな。」

 周りの者達も口々に彼を馬鹿にするような言葉を漏らした。

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2017-12-24 00:10  nice!(2)  コメント(1) 

小町藤 [創作]

 いつになく時間をかけ念入りにかつ濃くならないように慎重にメイクをし、昨夜のうちに用意しておいた落ち着きのある清楚系のワンピースに身を包む。
アクセは派手にならないものを。バッグも大人しめに、靴はヒールがそう高くないものと決めておいた。
鏡の中で見違えるように輝く自分に一度微笑みを作って見せてから両こぶしを握った。

 「よし!」

 出来栄えは上々そう思えた時、無意識のうちに私の人差指は鼻の頭をこすっていた。
 それに気づいて慌ててひっこめる。幼い頃からの癖とはいえ、今日は女らしくない仕草はご法度なのだ。

 ちやほやされていた若い頃はそういうのがうっとおしくて愛想笑いと当たり障りのない返事で逃げ回ってきたが、いつの間にかそのお株はすっかり後輩達に奪われ、友人に二人目の赤ん坊を産んだ事を報告されると27と言う年齢をようやく自覚した。
 意識しないうちに30という節目が見え始めて居た事実に驚愕し、焦りを感じた私は婚活にいそしんでいたのだ。

 今日会う見合いの相手は一流企業のそこそこのポストで、私よりも7つ年上だが趣味も多彩な上、容姿も割と良く、年齢より若く見える優しそうな人だ。バツイチである事を除けば非常に良い条件だと思う。
 そんな相手が私に興味を持ってくれたというのだから相談所というのはわからないものだ。

 決して失敗する訳にはいかない。是が非でも気に入ってもらい、次に繋いでいかなくては。
 ハンカチ、化粧道具、携帯電話、財布、それらをもう一度小さなバッグの中に確認する。あっと、これを忘れてはいけない。
小さな頃からの守り神、高校大学両受験の時も、就職試験の時もバッグの中から私に良い結果をもたらしてくれてきた手製のしろくまのマスコット。
それを小さな内ポケットに忍ばせ私は立ち上がった。
 何かアクシデントがあっても待ち合わせの時間に充分間に合うように1時間の余裕を見て家を出る。
 踏み出した降ろしたての空の下はまだ昨夜の雨の香りが残っていたがすっかり磨かれた空気の中を通る陽光はいつも増して輝いていた。

 駅前のターミナルでバスを降り、駅入り口の方に歩いて行く途中のことだった。

 正確な年齢はわからないがすっかり白髪になった老婆が肩で息をしながら壁を背に座り込んでいた。
 駅前なのでいくらか人目は引いてはいたが、誰一人傍に寄ろうとはしない。それはそうだ、触らぬ神に祟り無しだ。

 私も顔を伏せて前を通り過ぎることにした。しかしああ、よせばいいのにその刹那ちらりと相手の顔を見てしまったのだ。
 まっすぐに繋がる視線。その人の良さそうな顔。
 
 そんな顔されたら放っておけないじゃない。

 私は気づかれない程度に首をすくめると怖がられないように笑顔をつくって近づいて行った。

 「おばあちゃん、どうしたの?」

 老婆は血色も良く、身に着けているものも決して粗悪なものではなかった。
彼女は何かを言いたそうにしていたが息が上がっていてすぐ話せない状態の様でにこやかな表情と両手で気遣った私に礼を示しているようだった。

 「どこか気分が悪いの?」

 老婆はそれとわかる程度に品良くかぶりを振り、少し息を整えた後ようやく小さな声を絞り出した。
 およそ老婆とは思えない穏やかで澄んだ声だった。

 「年甲斐もなく・・・はぁはぁ・・・ 走ってしまったものだからね・・・ ご心配おかけして・・・」

 そうか、具合が悪い訳ではなさそうだ。

 「お嬢さん・・・ はぁはぁ、実は喫茶店を探しておりましてね・・・、なかなか見つからなくて焦ってしまって…。待ち合わせがあるのよ。もしご存知でしたら案内していただけませんか・・もちろんお礼に御馳走はさせて頂きますから。小町藤と言うお店なの。」

 ああ、数年前出来たあのちょっと小洒落たオープンカフェか…、まだ入ったことはないな。遠くはないけどちょっと教えにくい所だなぁ…。

 「道順なら交番が近くにあるのでそこまでお連れしますよ。」
 「お巡りさんは苦手なの…、お嬢さんが連れて行ってくれると本当に助かるわ。」

 時間的にはまだ余裕があるが、こんな見ず知らずの老人に関わって大丈夫なのだろうか。

 長い世間話の相手にされるのはまっぴらごめんと言いたいところだが・・・こういう幸せしか知らないような笑顔を向けられてしまうと無下にできない自分がいたりする・・・。
それに、なんだか赤の他人には思えない雰囲気を彼女は持っていたんだ。

 「じゃ、 じゃぁ ちょっとだけなら・・・ 先に言っておきますけど私、今日とっても大切な用があるんです。」
 「そう。私もだわ。」

 老婆が目をなくして笑う。

 「大げさに聞こえるかもしれませんが、人生を左右するような事なので遅れる訳にはいかないんです。」
 「そうね、私もなの。」

 ようやく息が整ってきた老婆が立ち上がるのに手を貸すと、私は駅からいくらか離れたオープンカフェに彼女を案内して行った。
 まぁ、まだ時間はある。2、30分もかかることはないでしょうし問題はないかな。

 老婆は助かります助かりますと腰を低くしてお礼を言った。
 相手の歩幅に合わせていつもよりゆっくり歩き始めると彼女は思い出の場所なんですよと言った。
 思い出の場所なのに正確に覚えていないんだ…。なんだか歳をとると言うのは悲しいものなのかな…


 こちらが聞きもしないのに彼女は穏やかに、そして楽しげな様子で世間話を始めた。
 それは手入れしている花壇に花が咲いたのだとか、ナナホシテントウが可愛らしかっただとか、私がにしてみればどこが面白いのだかわからない内容の話からだったが、次第にそれは彼女の旦那さんの話になっていった。

 なんでも付き合った期間はとても短かったのにすぐ結婚を決意したのだそうだ。
 ろくに相手の事も知らずによく決めたものだと思ったが、私も人のことは言えないのかもしれない。
 夫の事を話す彼女はいくらか若返ったように見えるほど顔がほころび、その声には思慕の念が滲みだしてた。苦労なんて何もなかったのだろう…。

 「良い旦那さんに恵まれましたね。」

 私がそう言うと老婆はあなたもそう思う?とさらににっこりした。

 「本当にそうだわ。」

 言った後さらに同じ言葉を繰り返した後、彼女はあの人でなかったらきっとここまで幸せにはならなかったでしょうね、と少しだけもの思いにふける表情を浮かべた。

 「あの人ったら本当に損する性格でね?ウフフ、ばかな人だなぁって思うことは何度もありました。」

 そう言って少女の様にくすくす笑った後私に目を合わせて「そこがいいのよね」とさらに笑った。

 「だって、本人は損したなんて全く思っていなくて、むしろ良かった良かったなんて笑うのよ。もう可笑しくなっちゃって。いっつもそんな感じ。きっと私がついていなかったらいろんな人に騙されていたと思うわ。もしかしたら騙されたことにも気付かないかもね。ウフフ。」

 ご苦労があったのですかといってみたら彼女は笑顔のままちょっとだけ首をすくめた。

 「苦労だったのかしらね、でも私には苦労ではなかったのよ。だってあの人と一緒だったし、いつも彼はにこにこしていました。彼と一緒に頑張れることってね、なんだかとっても素敵なことだって思えた。ほら言うでしょう?苦境の中にあると絆が生まれるって。あれなのかしらね。ウフフ。」

 苦境の中にあって絆、そんなことは良く言うけどそれは他と隔離された状況だからじゃなかろうか。とっとと見切りをつけた方がましな気がするけど。

 「大切にされていたんですね。」

 「そうね、ありがたいことね。」

 「いえ、あなたがですよ。」

 「ああ。ウフフ!そうなのかしら。ああ、そうね、そうだわ。もちろん大切には思っていたけれど。ああ、そうね、私も彼を大切にしていたのね。」

 なんて間抜けな事をこの人は言っているのだろう、でも頬を染めて笑っている様子を見ているとなんだかそれがうらやましく思えた。自分が愛している事さえうっかりするほど相手に愛されている実感があったということなのかもしれない。
そうか、この人はきっと理想的な結婚をしたのだろう。

 彼女を見ていると結婚しなくてはという焦りが若干馬鹿らしく思えて、なんだか自分が見ているベクトルがどこかちぐはぐで色あせて見えた。
 とは言え、現実問題いつまでも白馬の王子を待っている訳にはいかない。そもそも誰にでも王子が居るとは限らないし、誰でも彼女の様な最高の相手を見つけられるとは限らないんだ。年齢が上がればそれはなおさらだ…。
私は少しだけ悲しくなったがいわゆる女の幸せというものをまるまる手放す気はない。

 「私も早く結婚したいです…。」

 漏らした後顔が熱くなった。ついとは言えなんてみっともない事を漏らしてしまったのだろう。

 「そう、お幸せにね。」

 「相手はまだいないんですよ。」

 私は自虐的に言った。

 「だから今日お見合いするんです。」

 彼女はまた小さく笑った。

 「お見合いなんてしなくても旦那さまには出会えますよ。」

 それはうまい事恋愛結婚に成功した人の理屈だ。
 私は相手にわからないように笑顔のまま小さく唇をかんだ。

 「誰よりも素敵な相手にめぐり合うわよ。」

 老婆はもう一度笑った。

 なんだか無責任な物言いに私はちょっとだけ苛ついた。
これからお見合いに向かおうって言う不安からもあったが、勝利宣言をされたようでなんだか嫌だったのだ。
よく考えたら道案内をしてあげているのに何十年分ものおのろけを聞かされている訳なのだ。

 その後も目的の場所に着くまで私はえんえんと『結婚生活の素晴らしさ』を聞かされる羽目になった。
 それはある意味結婚の苦労話をされるより堪えるものだった。
それは先に結婚した友人達が時折漏らしてくる愚痴とはかけ離れたあまりにも現実離れした世界だったからだ。
 本当にこの人は旦那さんが居るのだろうかとさえ思えてきた頃、フェンスやプランターから薄紫の沢山の小さな花が房の様に彩るお店が見えてきた。目的の『小町藤』である。

 「ああ、あそこです。」

 「ほんと、ありがとうお嬢さん。お約束通りごちそうさせてね。」

 「いえ、私は用がありますからこれで。」

 私は一刻も早くこの『届きそうもない理想』から逃げ出したかった。

 「あら、約束は果たさせてくださいな。お願い。そうね、5分だけでもいいのでこの年寄りに付き合ってくださいな。もしかしたらお見合いに有利なアドバイスもできるかもしれないでしょう?待ち人が来るまでとは言わないわ、寂しいお婆ちゃんに少しだけ付き合って頂戴な。」

 先程はお見合いなんてする必要ないと言っていたくせに…。とはいえこうすがられては無下にもできなくて、私は渋々五分だけという条件で納得した。

 たまたま空いていた一番道沿いの店外の席に彼女は座るとウェイトレスに注文を告げた。
 私も体面に座り同じものをと告げた。

 わざと時間を気にしていますよと言う風に腕時計を見ておく…。

 彼女はありがとうと心地よい笑顔をまた作って私の顔を楽しげに見つめた。そういう顔を向けられるとわざといそいそした態度をとっているのに引け目を感じてしまう。けれど私には急いでいる正当な理由があるのだから気圧されることはないはずだ…。もっとも相手はそのつもりはない訳だが。

 私は少し居心地が悪くなって通りに目をやった。
 本通りではないとは言え車道にそこそこ大きな水たまりがあって、それが鏡のようにキラキラとした青空を映していた。
 確かに少し奥まったところではあるがこんな水たまりができるほど舗装工事の優先順位が低い道なのだろうか。駅までそう遠くないのに。そんな事を考えた。

 「手が届きそうね。」

 老婆が言った。

 「え?」

 私が振りかえると老婆が目をなくして言った。

 「そう、綺麗だと思うわ。水面に映る青空。昔は私はね?水たまりは水たまりだった。でもね、ある人がこう言ったのよ。空がわざわざ近くに降りてきてくれたようねって。ウフフ。私ったら何その都合のいい解釈って思ったわ。でもね?その方が楽しいわねとも思った。かわいいお婆さんだったわ。」

 「確かに都合がいいですね。ここから見たら確かに空が映りますけど、近くに行けばただの泥水ですよ。」

 「そうね、ウフフ、こっちが行くんじゃなくて寄ってきてくれたら良いのにね。」

 「なんか他力本願ですね。」

 「人事を尽くしてって方よ。」

 注文の品がなかなか届かない。飲み終えてしまえば立ち去る理由もできるのに。

 「さて、約束だもの、アドバイスしますよ?どんな事が聞きたいのかしら。」

 彼女が言った。

 「ああ、お見合いの… そんなにお見合いしたことあるんですか?」

 良い返事をたくさんもらってきて断った経験がいっぱいあると言う事なのだろうか。

 「いいえ、一度も。」

 言葉が続かなかった。
 
 「でも大丈夫、ちゃんと結婚できたもの、どういうお話をすればいいのかくらいわかると思うわ。」
 
 なんだこの人は…。全く当てになる気がしない。

 「じゃ、じゃぁ… 最初はどんな事を話せばいいのでしょうか。」

 「そうね。」

 彼女はにこりと笑った。

 「取り繕ったりしないでありのままを出すのがいいと思うわ。」

 何を話せばいいのか聞いたのに態度について?

 「きっとね?何を言っていいかわからなくてとても混乱して、あなたがとりたくない態度に出てしまう事もあると思うの。でもきっとそれがあなたなのだから、それを隠す必要はないわ。」

 十代の少女じゃないのだからお見合いになったからと言ってそれほど追い詰めらるほど初ではない。彼女くらい年上から見たらアラサ―も乙女に見えるのだろうか。

 「それは大丈夫だと思いますけど…。」

 「そうね、でも人間って思ってもみない時に取り乱すものだもの。」

 「大丈夫です。そんな子供じゃありません。」

 「あらあら、私は取り乱してもいいと言ったのよ?」

 老婆はまたくすくす笑った。とんでもない話だ。お見合いの場で取りみだすだなんて。もし私が人生の伴侶を選ぶ場にあって相手がいきなり大声を上げ出したり泣き崩れたらどう考えるだろうか。

 「じゃぁ、取り乱したとして、相手はどう思うでしょう。」

 「困るわね。困って、あなたを放っておけなくなるかも。」

 どんなお人よしだ!
 私はこの老婆のアドバイスはあてにならない事を悟った。

 「あなたはとても結婚したいと思っているのね。」

 「言いにくい事、と言うか言われたくない事ズバリ言いますね…。」

 「ああ、ごめんなさい。そういうつもりではないのよ。本当に。ただ何って言うのかしら、うまく言えないけど…」

 上から目線?なんでここへ来て説教をされなくてはならないのだろう。

 「あなたはね?あなたが思ってもみないほど、そう、思ってもみないほどよ、愛される資質を持っているのよ。」

 出会って間もない人が言う台詞ではない。

 「つまりそういう事。良い所を見せようとしないで見せたくない所を見せて良いと思うわ。結婚てそういうものでしょう?仮面をかぶって取り繕って、そんなのよそよそしいったらありゃしません。身内になるって事は、みっともない所を受け入れてもらうことでもあるんじゃないかしら。」

 だめだ、やはりこの人のアドバイスはあてにはならない。

 「でもそう言うのって、ある程度信頼関係が出来上がってからするものではありませんか?初対面でいきなり、そうですね、例えば肘をついてあぐらをかいて座ったりしたら悪い印象しか与えないと思いますけど。そうなったらお見合いどころではないと思います。」

 彼女はまたくすくす笑った。

 「そうね、でもそれは悪い所を見せたのではなくて横柄な態度をとっただけだと思うわ。あなたがそうしたいのであったのならそれはその態度で良いと思うけれど、そうしたい訳でもないのに意図的に良くない態度をとる必要はないわね。そう言うことではないのよ。」

 たぶん私の眉はいくらかつり上がっていたんだと思う。

 「では例えばですが、私がとてもおしゃべりだったとして、自分ばかり延々としゃべり続けて相手の話を聞こうともしなかったらどうですか?休日に捕まえた昆虫について熱く語り始めたら?そんな事をしたらお互いに理解し合う前に拒絶されますよ。」

 彼女はまだにこにこしていた。

 「まぁ、一般的にはね。」

 そうして一息ついた後こう続けた。

 「例えばご趣味はと聞かれて、お料理とかお裁縫ですと言えばおおかたの男性にうけは良いでしょうね。あなたの言うように昆虫採集に熱意を持っている事を聞いたらもしかしたら距離を置きたがる人も居ることでしょう。おしゃべりな人を苦手とする人も確かにいるわね。でも…」

 たぶんそれは意図的なのだろう、視線を私から通りにはずして静かに言った。

 「もしお話を聞くのが好きな方だったら、あなたの楽しげに話す様に喜びを感じるかもしれない。昆虫が好きな男性だったら目を輝かせてあなたの成果に喰いつくでしょうね。あなたがするお見合いと言うのはその先にあるかもしれない結婚を垣間見せるものであるのよ。おしゃべりが嫌いな男性だったらおしゃべりな女性とは一緒に居るべきではないと思うわ。それはきっとお互いが無理をして、結婚の意味をかき消してしまう。虫が苦手な男性だった昆虫採集を許してくれないかもしれないわ。あなたも一緒になった後お相手が猫を被っていただけだったと発覚なんて望まないでしょう?」

 私は頬が紅潮しているのを自覚した。

 「確かにそうかもしれません、でもそれは理想論ですよ。全く同じ価値観の人なんていません。違う人間がお互いに寄り添おうとすり合わせて行くのも結婚なんじゃありませんか?」

 相手はすぐには答えを返さず、ほんの少しの間黙っていた。
 それは、自分が切り出すタイミングをはかったと言うよりも、私がいくらか落ち着き、彼女の話に聞く耳を持つのを待ったようにも感じた。

 「そうね、あなたの言うことは正しいわ。けど、もともとあまりにも反りが合わないものを無理にすり合わせるのもどうかとも思うの。あくまでちょっとずつ譲歩した結果それ以上の喜びが得られる場合の話だわね。」

 そこで彼女は再びついとこちらに向いた。
 その眼差しはこれまでの中で最も真っ直ぐな瞳で私と視線を合わせた。

 「私はね、この人が良いと思った人と結ばれました。この人で良いと思った人ではなくね。それは私にとってとても幸運だった事なのかもしれなくても。」

 それは理想論だ。この人がたまたまそうだっただけだ。

 「だから私があなたにできるいちばん良いアドバイスは、出会いを疑わない事。あなたでいる事。」

 私はしばらく言葉が出てこなかった。
 言いたい事が見つからなかったからではない。反論しようとする自分と、その言葉を信じたい自分がせめぎ合っていたのかもしれない。
 運命の出会いなんてあるのだろうか。そんなものがあるのならどうして添い遂げられない人がいると言うのだ。
 それに、若い頃ならいざ知らず、この歳になってそうそうチャンスなんてあるものか。小さなきっかけも逃す訳にはいかないのだ。

 彼女は再び表情をふわりと和らげた。

 「大丈夫。会いますよ。必ず。」

 まるで心中を読みとったかのような言葉だ。
 そのせいで出かかった言葉が再び呑み込まれてしまう。

 「ヒントだってたくさん用意されますからね。」

 彼女はそう笑ったが意味が全く分からなかった。

 と、優しげな香りを運びながら、やおらウェイトレスが注文したものを運んできた。

 私たちは目の前に置かれる飲み物に目を落とし、そしてほぼ同時に再び視線があった。

 なんだろう、この確信した様な、安心したような眼差しは。

 「さぁ、台無しにならないうちに頂きましょう。連れて来てくださってとても助かりましたわ。ありがとうお嬢さん。」

 「いえ、…」

 それしか言えない…。

 眼前のハーブティーから立ち上るあたたかい香りも相まって私は昂っていた事を少し恥じた。
 そうだ、彼女は何も悪い事は言っていない。ただ私にお礼をしようとアドバイスをくれただけで、そこには浮世離れしていようと確かな誠意はあったのだ。
 折角のお茶なのだ、彼女の感謝の気持ちなのだ。ちゃんと味わって頂こう。

 ほっとする味。

 ハーブに詳しくない私にはなんのお茶なのかはさっぱりだが、角の取れた酸味とそれをまるまる包み込む芳醇な甘み、すっと鼻に抜ける香りは清涼感がありながらそれでいてどういう訳かぬくもりを感じさせる。喉を通れば体が内側から温められてゆくのを感じた。

 口にした事のない味に一度カップをみた後、再び体面に座る相手に視線をやると彼女は通りの遠くを眺めていた。

 そう言えば人を待っていると言っていたな。どんな人なんだろう。
 そんな事を思った時、彼女はやや瞳を開き、口角をそれとわかるようにあげた。

 来たのだ。
 そう思った私は彼女の視線の先を追った。

 サラリーマン?

 スーツ姿でちょっと背の高い男性がなんだかよれよれになって走ってくる。
 肩で息をしているのがここからも見えるのでかなりの距離を走ってきたに違いない。どうやら向こうもこちらを見つけた様でぱっと表情を輝かせさらに加速した。

 「遅刻・・・ですか?」

  彼の急ぎように思わずもれてしまった。

 「いいえ、間に合ったわ。」

 彼女はにっこりしながら満足げに人差し指で鼻の頭をこすった。

 次の瞬間おばあちゃん!と彼の声がすぐ近くで響いた。

 その声に彼女はさっきはどうもと微笑んだ。

 「よかった~おばあちゃん。やーっとみつけた・・・」

 肩で息を弾ませつつ彼はやや大きめの声でそう漏らした。

 「喫茶店探しているって言ってたでしょ?すごく急いでいるって。ごめんね、さっきは~駅の方向教えるしかできなくて。」

 「いいんですよ。飛びだした猫は大丈夫だった?」
 
 「なんとか獣医に連れて行きましたよ。大した怪我じゃないって。それよりほら、と~っても大事にしているって言ってたお守り!おとしたでしょ!」

 男性は内ポケットから熊のマスコットをとりだした。

 「あらあら!気づかなかったわ!あなたに見せた時かしら… これを届けに?」

 彼は荒い息のまま笑った。

 「だって、大事なものだって言ってましたでしょ~?急いでいるって言ってたし、駅の近所の喫茶店行くってことは覚えていたんだけど、店の名前がわからなくて、この界隈探しまわっちゃって、遅くなってすみませんでしたね。」

 「まぁまぁ、それはそれはありがとうございました。」

 私はそのやり取りに違和感しか感じえなかった。だってどう見てもこの二人は、と、そう考えていた刹那、男性は私の隣に矢の如く移動し威嚇するかのように両腕を広げた。
 思わず両手で頭を隠すと彼の向う側に大きな影が横切った。

 派手な水音。
 呆然とする私。

 両腕の隙間から覗いてみると男性はけらけらと笑っていた。

 「あ、あの…」

 「大丈夫ですか?ああ、平気そうだ。いやぁ良かった。」

 髪から滴る滴を掃いながら、彼は自分の姿を確認していた。

 「やぁ~ 濡れちまったなぁ。」

 「ご、ごめんなさい!」

 私は訳も分からず謝りながら取り出したハンカチで彼の体をぬぐおうとした。

 「ああっと!お嬢さん、いいですいいです!そんなきちっとした格好をしていらっしゃるんだ。結婚式かなんかでしょ?汚れたらいけない。」

 「だって、あなたは私をかばって。」

 大型トラックがかなりの速度でさしかかって来た事にいち早く気付いた彼が、先ほど青空を映していた水たまりを派手に跳ねあげる事を察してとっさにかばってくれたのだ。
 
 「どうせひっかけられるんならね、二人いっぺんより一人で済めばこしたことがないでしょう。」

 心地よい笑い方だった。けど、なんでこんな目にあわされて笑っているんだろう。
 その時私は今日がどんな日であったのかをふいに思い出した。

 テーブルの上に置いておいた時計を取り上げる。しまった!予定していた時間をかなりオーバーしてしまった!
 ここから駅へ急いですぐ電車があったとしてもギリギリ間に合うかどうか。

 「あ、あの!ありがとうございました!私は急い…」

 彼の向うに幌をかけた大型のトレーラーが勢いよく曲がって行った・・・。

 再び跳ね上がる泥水の飛沫。
 さらにコーナーリングの遠心力で幌にたまっていた大量の水が弾き飛ばされ、それが滝のように私たちに容赦なく降り注いだ・・・。

 誰も反応できなかった。

 不快な排ガスの臭いと、嘲笑するような去りゆくエンジン音、その中でみなが声の出し方を忘れてしまったかの様に黙って突っ立っていた。

 私のきれいに整えてきた髪は濡らした猫のようにボリュームを失ってみじめにべっとりと張り付き、ワンピースは泥にまみれて大小の奇妙なまだら模様をつけられ悪趣味なピエロの様になっていた。
 全身から滴を垂らしながら、私は茫然と立ち尽くしていた。

 先に我に返ったのは彼の方だった。
 うっわ―と言いながら彼は私を前にどうしたものかと不思議な動きをしていたが、ハッと気付いたかのように大きなハンカチを取り出した。
 しかし、私の体に触れるのがまずいと思った様でそれを持ったままあたふたするばかりだった。

 ああ、そうか、私は今、絶対間に合わない状況になったのか、そう気付いた時小さく体が震えてきた。

 「ああ!寒い?寒いね!あ、頭だけでも、髪だけでも拭いておきましょう!」

 彼があたふたしながら私の髪や頭を拭き始めた。

 私は情けなくなって喉の奥がじわじわ痛くなってくるのを感じた。
 やっとつかんだチャンスだったのに、今日の為に色々用意して、相手の気に入りそうな事を色々調べたりして、なのにちょっと親切な気持ちを出してしまったばっかりにこんな目にあわされて台無しになったのだ。

 ここ数年、人前では見せないようにしてきたのに目頭が熱くなって眦から悔しさが滴となっていくつかこぼれた。

 「ああっ!」

 彼はそれに敏感に反応して、よせばいいのに私の顔を慌ててぬぐった。
 私の涙が止まらないものだから何度も何度もぬぐった。
 そして、はっと驚く表情をした。

 それは何が起こったのか私にははっきりわかった。
 はっきりわかってもうこらえきれなくなった。

 私は慎重さを重ねたメイクをすっかり拭われた顔のまま子供のように泣いた。
 落胆の余り何も抵抗する事はできなくなっていた。

 その時、意外な言葉を聞いた。

 「こんな美人だったのか… 」

 え?

 「ああ… 君は… なんて美しいんだ… 」

 馬鹿にしているのだろうか。

 「ああ、ごめん!だって、その… こんな綺麗な人見たことなくて… つい。 あの、なんでおかめみたいな化粧していたんですか・・・?もったいない。」

 おかめ・・・?
 おかめに見えていたの?あんなにきっちり品良く仕上げたのに…。
 あんなに気合を入れたのよ?!

 「あ、あ、あの… すみません!ああ 乱暴にしちゃって!」

 何よ急に態度変えちゃって…。

 笑いがこみあげてきた。

 「あ、えっと… その… 服買ってきます!あ、じゃなくて!銭湯!銭湯探すんで!ああ!服も買ってきますけど!」

 なんだろうこの人は、自分だって泥だらけの癖に、私が綺麗?あんなに決めてた時はそんな事言わなかったくせに、台無しになった途端なんでそんなんに真っ赤になっているのよ。

 あたふたしながらなんとか私を慰められないだろうかと必死に知恵を絞る姿が何ともいじらしい・・・。
 拭うのが逆効果だと判断したようで彼なりのなんとももどかしい不器用な慰めをいっぱいかけてくる。

 そんな姿になぜか私は胸を暖められて少し自分の身を抱いた。
  
 彼はなぜか逆効果だとも考えずにずぶぬれの自分のスーツを私にかけて通りでタクシーを呼びはじめる。
 泥まみれで水浸しで。

 ああ言うのを水もしたたる… とは言わないわよね。

 そう言えばさっき老婆が言ったことで気にかかった言葉があったんだ。 
 『会いますよ』と彼女は言ったっけ?お見合いに行く事を知っていながら『会いますよ?』それっておかしくない?

 ああ…

 そうか、私は間に合ったのだ。
 



LivlyIslandのユーザーの皆様に・・・。 [Livly Island]

過去大掲示板において僕のカキコについてのクレームが殺到したと運営から報告がありました。
 
殺到するほど多くの人が見ていてかつ、その多くが不快感をあらわにしたと言う事なのでしょう。

もともと過疎化を懸念して話題作りの為のカキコだったのですが、その心配はなかったと言う事なのでしょうね。

そこまで多くの怒りに触れながら僕の島に一切クレームが無かったのは皆さまのお目こぼしなのかと思います。

運営からの警告はなぜか転載禁止とあったので内容については避けますがかなり厳しいものでした。

僕のせいで嫌な思いをした方々に深くお詫び申し上げます。

運営の言い方からすると、これを見ている方はほぼ間違いなく僕のカキコを目にしていると思います。
遠慮はいらないのでどうぞ叱責を残していってくださいね。



黒いムシチョウのお話 (KAWASAKI★ZZR400さんに捧ぐ) [Livly Island]

 真夜中の空の様に落ち着いた黒色の羽毛を携えた手が無造作に虫を放る。
と、それまで元気のなかった若いパキケが全身の毛を逆立ててそれを追い、即座に頬張った。

 「オイオイ、アニキに礼を言うのが先じゃないのかね。」

 小さく鼻息を抜きながら橙色のピグミーが肩をすくめてぼやく。
パキケは何かを言おうとしたが当然言葉を発する事が出来ず、もごもごやりながら何度も自分へ食事を与えてくれた立派な角をつけた黒いムシチョウにへこへこと頭を下げた。

 「このお方はな、聖…イテッ!何すんですかアニキ!」

 「余計な事は言わなくていいんだ。」

 けどアニキと続けるピグミーを無視して聖秀吉はパキケに「いつもを期待するなよ。たまたまだ。」とだけ告げ、即座に姿を消した。

 「あ、アニキー!」

 ピグミーは『追跡』の術を使いそれを追った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 初めはさほど問題になるほどではなかった。ただ、毎日もらえていた食事がそうではなくなった。
空腹を抱える事はあったが、しばらく我慢していればまたお腹いっぱい与えられたし、その時は頭を撫でてもらえる事もほとんどだった。
だから少しの寂しさを感じる事はあってもその事に対して極端な不安を感じることはなかった。
 ピグミーは飼い主が大好きだったのだ。


 
 いつの頃からだろうか、飼い主はあまりピグミーを散歩には連れ出さなくなった。どうしたのかなとピグミーは思った。ピグミーにとって散歩はとても大きな楽しみの一つであったし、なにより飼い主と出かけられ、同じ時間を過ごせる事が嬉しかったのだ。だから飼い主もきっとそうだと思っていた。
 そんな素敵な事を我慢しなくてはならない飼い主の状況をピグミーはいくらか心配した。



 飼い主がピグミーに会いに来る頻度がぐんと減って、散歩にも連れ出してもらえないものだからピグミーは前よりも寂しくなった。
飼い主の事は大好きだったが、自分の事ももう少し見て欲しかった。だから生まれて初めて反抗してみた。
 飼い主がいない間にお気に入りのおもちゃを少し持って島を飛びだしたのだ。
自分が居なくなればきっと飼い主は心配するだろう、そして自分の名を呼んで探すに違いない。
 それを思うと少し胸が痛んだが、ピグミーは構って欲しかったのである。
 大好きな飼い主に名を呼んで欲しかったのである。



 ピグミーが家出をした回数は一回ではなくなっていた。家出した先の島で別のリヴリーの飼い主に親切にされた事もあったが、大切にされているそこの子を見ているうちにいたたまれなくなって飛びだしたり、行った先から厄介者として追い出されたり、やはり家出してきた別のリヴリーとしばらく暮らした事もあった。
 けど結局自分がしている事に罪悪感を感じたり、飼い主がしているであろう心配に胸を痛めて島に戻るのが常だった。
 たいていの場合、飼い主は自分が家出をしていた事に気づいていなかった。そんな時ピグミーは飼い主に隠し事を作った事に引け目を感じたり、逆に悪い子であったことがばれていないことにホッとしたりするのだった。



 いつしかピグミーのもとに飼い主が現れる事がまれになっていた頃、酷く深刻な事態が起こった事があった。
それは、タイミング良く事務局が見回り(飼い主たちはメンテナンスと呼んでいるらしい。)に来る事もなく、散歩中の別のリヴリーとその飼い主たちが通りすがる事もなかった期間があったのだ。
 ピグミーはこれ以上ない位な空腹を抱えていた。
 歩きまわる気力もなく、ただぐったりと地面に倒れ、頭の中は食料となる虫の事ばかりが思い浮かんだ。
 飼い主の名を呟いてみるも、飼い主は散歩に行くことすら後回しにしなくてはならない事情があるのだから構う訳にはいかないのだろうと思った。そんな飼い主をピグミーは気づかい胸を痛めた。
そして自分の事ばかりかまって欲しいと思った己を少し責めた。


 
 ピグミーの意識がはっきりしなくなってきた頃の事だった。
 不意に体が持ち上げられ、誰かの腕の中でゆっくり上体を起こされると小さな水差しの口を咥えさせられた。
 からからになった口内や喉が少しずつ潤ってゆくとようやくピグミーは周りを見る事が出来た。
 それは黒い安らぎだった。
 艶やかで大きな角、夜の闇の様に落ち着いた羽毛。大きな体躯と知的な眼差しは頼りがいありそうに思えた。
 彼はピグミーを軽々持ち上げ片腕に抱ていて今まさに小さなスプーンを口に咥えさせた。
 清涼感のある香りと癖のない味わい。空腹と心の傷が少しずつ癒えてゆく。どうやらフサムシをすりつぶしたもののようだった。

 「大丈夫か。」

 「ああ…誰…?」

 「たまたまだからな。いつもだと思うな。だが今は腹を満たせ。」

 あふれ出る涙に視界を奪われながらピグミーは体を震わせて泣いた。
 痛くなった喉で飼い主の名を呼んだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ピグミーが追いついた先の島で聖秀吉はその島に住む青いクンパにフサムシを与えていた。

 「言っておくが、何度もタイミングよく来るなんて思わない事だ。」

 「それでもアンタは来てくれた。ありがたいありがたい。ずっと待っていたんだ。」

 嬉しそうに食事をするクンパを見てピグミーは微笑んだ。

 「アニキ、良かったですねぇ。」

 「良いものか。」

 黒いムシチョウはややまゆをつってそう言うと再び別の場所へ飛んだ。

 「もー、アニキ照れちゃって―。」

 そうして行く先々で聖秀吉は空腹にうめくリヴリー達に食事をふるまって行った。
 ピグミーはにこりともしない聖秀吉にいくらか疑問も持っていたが、彼の行動のあたたかさになぜか自分が誇らしく感じていた。
 聖秀吉はそうは言わなかったが、行く先々は食事を必要としているであろうリヴリーが居るケースが多かった。それはあたかも餌を運んでいるかのように思えた。そしてどうやらこれは聖秀吉の飼い主さえ知らない彼の独断で行われている事のようだった。

 多くの島を回った後、誰もいない島にやってきた聖秀吉は岩の上に腰をかけてクロムシを取り出し自分の口に放った。

 「やっと一休みっすね、アニキ。」

 「お前も喰うか?」

 「おれっちですか?ん~… おれっちはなんかお腹空いてないんですよね。」

 「そうか。」

 クロムシをほおばった相手を見てピグミーはしみじみと言った。

 「思えばおれっちもアニキには何回もごはんもらったんですよね。お腹が減ってもうダメだ―って思うとアニキがばばーんって現れて、おれっち本当に助かったなぁ。」

 が相手はたまたまだと顔をそむけた。

 「アニキはおれっちのヒーローですよ。きっとみんなそう思ってます。」

 「勝手に祀り上げるな。不愉快だ。」

 聖秀吉は眉をひそめた。

 「そんな嫌な顔する事ないじゃないですか。」

 ピグミーは心から慕う相手の前に立って言った。

 「アニキは飼い主さんと散歩している時もアニキの飼い主さんが大勢のリヴリーに餌配っているんでしょう?だからアニキもやってるんですか?」

 聖秀吉はちらりとピグミーを見た後そういうわけじゃないと呟いた。

 「じゃぁなんでなんですか。」

 「色々あるのさ。それから念を押しておくが…」

 「わかってますよ。飼い主にはばれないようにでしょう?おれっちは口がかたいんですよ。」

 ピグミーは口を縫い合わせる仕草をした。

 聖秀吉はしばらく地面を見つめてクロムシを食べていたが、ついと顔を上げピグミーに言った。

 「今から行く所はついてくるな。」

 「え~?何言ってるんですかアニキ。おれっちはどこ行くにもアニキと一緒ですよ。」

 どんと胸を叩くピグミーに聖秀吉は一度眉を寄せたが勝手にしろともらした。

 この人は口と態度は悪いがとても温かいリヴリーだとピグミーは心から思っていたしずっとついてゆくと決めていたのだからのけ者にされるのは心外だと思っていた。
 どうして自分がそこまで彼に心酔しているのかピグミーは考えてもいなかったのだ。
 けれどピグミーが慕う相手を追った先で見た物はほほえましい光景では決してなかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「どうして…?」

 かすれた声でワタメが言った。

 「それは俺の役目ではないからだ。」

 聖秀吉は確かにそう告げた。

 「だって… だって… 今までずっと… ずっと… くれたじゃないか… 」

 「言ったはずだ。いつもを期待するなと。それに、前回これで最後だと言った。その前は次で最後だとも。」

 ピグミーは最初何の事だか理解できなかった。
 憔悴し、立つことすらままならないワタメを前に、聖秀吉はただ見降ろしていた。

 「おね… がいです… 何か… 食べるものを…」

 「だめだ。」

 ピグミーが慌てて聖秀吉に駆け寄った。

 「アニキ!このここのままじゃまずいよ!下手したら死んじゃうよ!助けてあげましょうよ!」

 だが聖秀吉はワタメから視線を全く外さずに黙っていろと一喝した。
そのあまりの迫力にピグミーは小さな悲鳴と共に跳ね跳び、ワタメはびりびりと毛皮を震わせた。

 「どうして… そんな  意地悪を… 」

 「意地悪ではない。お前に餌を与えるのは俺ではないだろう。」

 ワタメはしばらく黙った。
 そして、そして静かに涙をこぼした。

 「きっと僕の飼い主はね… 忙しいんだ… 人間は… 色々あるんだ…」

 「ああ、あるだろうな。」

 「でも… もう少ししたら来てくれるんだよ。そう、もうすこし… きっと明日には来てくれる…」

 「なら明日まで待つがいい。」

 「でも… 」

 ワタメは再び涙を流した。

 「お腹空いたんだ… お腹… 空いたんだ… 何か食べたいんだ… 」
 
 弱々しい声にピグミーまでもが悲しくなってきた。

 「アニキ…おれっちからもお願いしますよ。だって 他の子にはいつも… 」

 聖秀吉は言った。

 「お前の飼い主が現れなくなってどれくらい経つ。いつも言ってたな。きっともうすぐ来てくれる。自分は良い子でいるからもうすぐ会える。家出しちゃったからちょっと罰が当ってるだけだ。きっと今は特別忙しいか風邪を引いちゃっているんだ。もうすぐ自分の誕生日だからその日にはきっと会える…。」

 「やめてよ… 」

 ワタメが呻くように言った。だが聖秀吉はやめなかった。

 「だれだれさんのとこは久しぶりに飼い主が来た、今度は自分の番だ。」

 「やめて… 」

 「新しいイベントが始まったからきっと飼い主が参加する為に来てくれる。」

 「もうやめて… 」

 「人間世界では夏休みになったそうだからもうすこしで来てくれる。」

 「お願い… 」

 「きっと夏は夏バテだったんだ、冬休みなら大丈夫!こんどこそ僕の所に来てくれる。」

 「だって… 」

 「年末年始は忙しいから、だから春休みこそ。」

 「… 」

 「お前の飼い主はいつ戻ってくるんだ!」

 ワタメは声を上げて泣き出した。
 立てなくなるほどの飢えで衰弱した体で、全身を震わせて嗚咽した。

 「ア… アニキ… 」

 身も心もずたずたになっているワタメを見つめ、聖秀吉は拳を握っていた。

 「お前の飼い主は、もう戻ってはこない。」

 「来るもん!」

 「いいや来ない。誕生日だろうがイベントがあろうが暇になろうがお前がどんなにいい子にしていようがっ!… 来ないんだ。」

 「そんなのわからないじゃないですか!」

 悲鳴のようなワタメの泣き声にピグミーが割って入った。

 「そんなのわからないですよ。ホントに明日来るかもしれません!明日じゃなくても明後日かも!そんなのさすがのアニキでもわからないはずですよ。なにさアニキ!良い人だと思っていたのに!そんな冷たい事言うことないじゃないですか!」

 「お前はどうしろというんだ。」

 ワタメを見つめたまま聖秀吉はピグミーに言った。

 「飼い主に会いたがっているんです。今助けてあげなきゃ会えないじゃないですか。」

 そこで初めて聖秀吉はピグミーに向いた。

 「ならいつなんだ。」

 さほど大きな声ではなかった。怒気も含まれてなどいなかった。だが、ただただそれは胸に刺さる迫力を持っていた。

 ピグミーは沈黙し、動く事もうなだれる事も出来ず、ただただ自分が慕う相手を見つめた。
 これは聖秀吉が餌を運ぶ手間に対する不満やいつまでも現れない飼い主に対する苛立ちから出た言葉なのではないとすぐ理解できた。
 いつ来るともしれない相手を待つ身の不毛さに、先が見えない終わりに募り続ける莫大な精神的負荷に、長引けば長引くほどすりつぶされてゆくワタメの心に対する思いなのだとわかった。
 待つ身がどれほどつらいのか、そしてそれがいつまで続くのかわからない事がどれほど残酷なのか、ピグミーはどうしてかそれが理解できた。
 聖秀吉はそれを言ったのだ。

 「いつなんだ。いつまでこいつは待てばいいんだ。」

 「じゃ… じゃぁアニキは…」

 ピグミーもなぜか大粒の涙が止まらなくなっていた。

 聖秀吉は再びワタメに向いた。
ワタメは嗚咽しながらかすれた声で「だって来るんだ、もう少しで会いに来てくれるんだ」と繰り返していた。

 「本当にそう思うのか?そうあって欲しいだけじゃないのか?お前がそうあって欲しいように飼い主は今まであってくれたのか?」

 その言葉は遠まわしに飼い主にとってワタメは大事な存在ではなくなったのだと告げていた。
それは飼い主を慕うようにつくられているリヴリーにとって恐ろしく残酷な告知であった。
それを事もあろうにリヴリーがしたのである。

 ワタメは一度完全に沈黙した後、今度は喉がつぶれんばかりに号泣した。
 聖秀吉は膝をつき、彼を抱きしめた。
 ワタメは彼の顔を非力な力で殴ったり爪でひっかいたりしたが聖秀吉はされるがままにただ大事そうに泣きじゃくる相手を抱きしめた。



 ワタメの体力はそう長く彼を暴れさせることはできなかった。
今や黒いムシチョウの腕の中ですっかり顔色を失い人形のようになった彼はそれでも時折飼い主の名を呟いていた。

 聖秀吉はワタメの身をはなすと彼の顔とまっすぐ向き合って言った。

 「お前には今二つの道がある。お前が言うように明日まで飼い主をここで待つか、今死ぬかだ。」

 「アニキ何を言って… 」

 「どうする。」

 ワタメはうつろな瞳を聖秀吉に向けた。

 「それはどういう意味…?」

 「それは」ムシチョウは相手のまなこをしっかりと見据えた。
 「お前が生きたいかどうかって事だ。」

 ピグミーはその言葉を聞いて背筋がびりびりとした。
何かとても大事な事があった気がするがそこには触れない方が良い気もした。ただ、あまり気分の良いものではなかった。

 ワタメは自分の両肩をつかんでいるムシチョウがあまりにも真剣な顔をしているものだから言葉に詰まってしばらく相手を見つめ返して
いた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 悪寒を感じさせるような暗がりの中、不気味な高笑いが響いていた。
 宙に浮く人形の頭の首から触手が伸びている。いや、人形の頭の中に触手を持ったリヴリーが潜んでいるのだ。
 ダークヤグラと名乗るこのリヴリーが管理するリヴリー引き渡し所と呼ばれる場所に三人はいた。

 「聖秀吉さん、またなんですね。本来こういうのは…」
 
 「説教は聞き飽きた。」

 「ふむ、聞き飽きるほどこういう事を繰り返されましてもねぇ… と言いつつも、なんというか… 」

 「あんたは何も知らない。あんたが寝ている間に俺が勝手にやったことだ。あんたに責任はない。だからとっとと寝てくれ。出来れば鍵をかけ忘れてだな。」

 ダークヤグラは不気味な笑い声を上げた後、巨大な鉄格子のついた扉の鍵をあけた。

 「やばいですよアニキ!鉄格子の向こうになんかでっかい化け物が!!」

 ピグミーが慌てていると聖秀吉は躊躇なく扉に手をかけた。
ダークヤガラが急いで寝た振りをする。

 「アニキ!」

 所が扉を開いた先は鉄格子の向うの闇などではなかった。
光が燦々と降り注ぐあたたかい草原であった。

 「ここは…」

 ワタメが目を見開いて辺りを見回す。

 「秀吉!」

 その声に三人が向くとピグミーが見た事もない管理リヴリーがそこに居た。

 「また連れてきたのね。」

 「他の連中は元気にしているのか。」

 「気になる?」

 その時、近くの木陰からわっとピキが飛び出してきた。

 「角のクロムシチョウさんだー!」

 「おまえか。」

 飛びついて来たピキを受け止めつつ聖秀吉は相手をくるくる回して降ろしてやった。

 「ふっきれたか。」

 まだ幼いであろうピキは小さく俯いたがすぐ顔を上げて言った。

 「飼い主のこと思い出して悲しくなっちゃうこともあるけど、それだけじゃダメなんだよね!だって、ワタシはワタシの為に生きてなくちゃなんだもん。要らない子になったんじゃなくて、飼い主がワタシがいなくても大丈夫になったんだよね。だからワタシも飼い主がいなくても大丈夫になるんだ。それにみんな仲良くしてくれるからもうさみしくないんだぁ。」

 「そうか。」

 「えへへ。」

 ムシチョウに頭をなでられピキはにっこり笑った。

 「みんな呼んでくる!」

 「それはやめろ、うっとおしいのは苦手なんだ。それよりこいつをみんなの所へ連れて行ってやってくれ。お前と同じように生きる事を選んだんだ。」

 それを聞くとピキは目を輝かせ、聖秀吉が押し出したワタメの手を取った。

 「じゃぁお友達だ―!ウフフ!はじめまして!」

 「あ、ああ、はじめまして…。」

 ワタメは戸惑って聖秀吉を見たが彼が小さく頷くのを見て引かれるがままに彼女に従った。

 「会って行ったらいいのに。」

 管理リヴリーの言葉に不器用なムシチョウはどの面下げて会えると言うんだと答えた。

 「みんな感謝しているわよ。時々あなたの事話してる。」

 「やめてくれ。」

 彼は右手で払う仕草をした。そしてその後相手をしっかり見つめて言った。

 「あいつはとても傷ついている。よろしく頼む。」

 管理リヴリーはくすくすと笑った。

 「ここに来る子たちはみんなそうよ。どういう経緯であってもね。でも任せて。私はその為に居るのだから。」

 自分の胸に片手を当てる管理リヴリーを見て聖秀吉は小さく三度頷いた。

 「さ、長居は無用だ。」

 「人間にばれたら大変だものね。勝手な事をしている事が。」

 その言葉にじろりと相手を見た聖秀吉は余計な事は言うなよと念を押した。相手も当たり前でしょと答える。

 事情をうまく呑み込めていないピグミーの首根っこをひっ捕まえて黒いムシチョウはその場を後にした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「ええとつまり、アニキはあのワタメをどうしたんですか?」

 ピグミーの言葉を背に、引き渡し所に送り届けたワタメそっくりのダミーを彼の島に転がしながら聖秀吉はこう答えた。

 「殺したのさ。」

 「殺した?だってあいつ元気にしてましたよ。ごはんだってアニキからたっぷりもらって食べたじゃないですか。飼い主待つんじゃない

んですか?」

 「もう待つ必要はないんだ。あいつはくびきから離れた。リヴリーが飼い主の生活の枷になるのも良くないが、飼い主がリヴリーの重荷になるのもダメだ。だからそういう時は関係を解消しなくてはならない。俺はそう思っている。もちろん選ぶのは本人だが。」

 いかにもそれっぽくダミーの死体を整えた聖秀吉は小さく漏らした。

 「見つけてもらえればまだいい方だな…」

 「おれっちは難しい事は良くわからないけどやっぱリヴリーは飼い主と居る方がいいんじゃないかなぁって思いますよ。」

 ピグミーはどうしても飼い主との決別を決めたワタメが幸せだったのかどうかわからなかった。

 「その通りだな。」

 「おれっちがあのワタメだったら… 」

 「その辺にしておけ。お前はあのワタメじゃないんだから。」

 「そうですけどねぇ…。」

 一瞬何かが蘇りそうでピグミーは背筋に悪寒を感じた。

 「どうした?」

 「いえ… なんか… なんでもないですよ。」

 自分を真剣に見つめる眼差しが脳裏によみがえる。

 「あれ…?」

 少し前に見ていたワタメと聖秀吉のやり取りがなぜか頭の中でぐるぐると回り出す。空腹で死にそうなワタメ、帰ってこない飼い主、詰め寄る黒いムシチョウ。
 ワタメが救いの手を求める、飼い主を待つために。それに応じず現実を叩きつけるムシチョウ。

 飢餓。

 孤独。

 願望。

 現実。

 お腹空いた、お腹空いた、お腹空いた、おなかすいた、おなかすいた、おなかすいた。オナカスイタ、オナカスイタ、オナカスイタ…

 スイタノハ オナカ?

 寂しい、寂しい、寂しい、さびしい、さびしい、さびしい、サビシイ、サビシイ、サビシイ…

 コンナニサビシイノニ アノヒトハサビシクナイノ?

 会いたい、会いたい、会いたい、あいたい、あいたい、あいたい、アイタイ、アイタイ、アイタイ…

 ココロガ イタイ…

 コンナニ コンナニ… コンナニクルシイノニ ドウシテソバニイテクレナイノ…? 

 ボクハ イイコニシテイルヨ…

 ヒトメアエタラ キット ソレダケデ ゲンキニナレルノニ

 ワライカケテクレタラ セカイハ カガヤクノニ

 ボクハ アト ドレダケ マテバ イイ…?


 急激な吐き気を覚えたピグミーは体を震わせて頭を抱えた。


 絶望。

 オナカスイタ サビシイ アイタイ オナカスイタ サビシイ アイタイ オナカスイタ サビシイ アイタイ

 オナカスイタ サビシイ アイタイ オナカスイタ サビシイ アイタイ オナカスイタ サビシイ アイタイ

 オナカスイタ サビシイ アイタイ オナカスイタ サビシイ アイタイ オナカスイタ サビシイ アイタイ

 ナゼコナイ ナゼコナイ ナゼコナイ ナゼコナイ ナゼコナイ ナゼコナイ ナゼコナイ ナゼコナイ ナゼコナイ

 キテホシイ キテホシイ キテホシイ きてほしい きてほしい きてほしい 来て欲しい 来て欲しい 来て欲しい!

 視界いっぱいに広がるまっすぐな眼差しと残酷な言葉。

 『死ぬまで待つか、今ここで死ぬか。』


 恐怖のあまりピグミーは悲鳴を上げた。

 異変に気付いた聖秀吉は慌てて弟分に駆け寄った。

 「どうした。」

 「アニキ… 」

 「どうしたんだ?」

 「おれっち… 」

 ピグミーは小刻みに震えながら弱々しくアニキと慕う相手の手を取った。

 「おれっち… 最後に餌食べたのいつだったけかなぁ… 」

 聖秀吉は一度目を開き、そして閉じた後ゆっくり相手を見つめた。

 「さぁな…」

 「やですねぇ アニキ、優しいってのは時にずるいってことですよ。」

 聖秀吉は少し間をおいた後声を落として言いなおした。

 「一年、いやもう少し前だった。」

 「…そうですかぁ… 道理で誰もおれっちに話しかけない訳だ。でもいいや、アニキだけはおれっちを見てくれてたから。」

 「アニキアニキってうるさい奴をむげにはできんだろう。」

 「あはは!アニキ、うるさいは酷いなぁ。」

 聖秀吉は相手にまっすぐ向いて言った。

 「お前だけだ、最後まで飼い主を待とうとしたのは。おれが死なせたんだ。」

 「やめてくださいよアニキ。」

 ピグミーは笑った。

 「今ならよく思いだせます。死んだショックでその時の事全部どっかに忘れてきちゃってたんでしょうね。アニキはさいごまでおれっちに生きるよう説得してました。おれっちは途中から意地になって無理やり食べさせようとした餌だって吐きだしたんだっけ。絶対飼い主が来るって…。おれっちは強情で申し訳なかったです。アニキの言う事聞いてりゃこうじゃなかったんですね。」

 「その通りだ。だが… お前は後悔していないんだろ。」

 ピグミーは首をすくめた。

 「あちゃー ばれてますね。おれっちは飼い主の事がきっとすごく大好きだったんだと思う。信じたかったんだろうなぁ。でも今は名前さえ思い出せないや。悪い子だなぁ…。」

 舌を出したピグミーに聖秀吉は小さくかぶりを振った。

 「それはお前がお前を救わなかった飼い主を責めないために自分の中からその名を消したんだろう。お前は馬鹿がつくほど従順なリヴリーだよ。」

 「そっかぁ… アニキがそういってくれるんならちょっと救われるなぁ。」

 ピグミーの体は輪郭がややぼやけていた。

 「でもアニキ、どうしておれっちをずっとそばに置いてくれたんです?やっぱ罪悪感とかからですか?」

 「決まっているだろ。」

 聖秀吉は相手の両肩をつかんだ。

 「舎弟だからだ。」

 ピグミーはほろりと涙をこぼした。

 「そうかー、おれっち飼い主はいなくなっても一人ぼっちじゃないんですね。アニキ、ねぇアニキ。おれっち、ひとりぼっちじゃないんですねぇ。」

 「あたりまえだ。お前は俺の舎弟だからな。」

 「そうかー、嬉しいなぁ。嬉しいなぁ。でも、もう行かなくちゃいけないみたいです。ちぇーってな感じですよ。」

 ピグミーの姿は薄らいでいっていた。

 「そうか。」

 「えへへ、やっぱ自覚しちゃったのがいけなかったんでしょうかね。やっと舎弟って言ってもらえたのに。」

 「言わなくてもずっとそうだった。あたりまえだろ。」

 ピグミーは再び大粒の涙を流した。

 「アニキ、別れたくないよ。二回も大事な人をなくしたくないよ!」

 「なくさない!俺はお前と共にいる。お前も俺と共にある。俺はお前の飼い主とは違う!俺はお前と共にある!だから、心配するな!」

 「そっかぁ、アニキが言うならそうだね。おれっち、ずっとアニキと一緒だ。うん、距離じゃないってのがなんかわかってきた。ああ、もうそろそろみたいだ、じゃぁ行くね…。アニキ、ずーっとずーっと、ありがとう。」

 「ああ。」

 「大好きだよ。アニキ。」

 「ああ。」

 すうっと浮かびあがったピグミーの体はふんわりと光を帯び、そして世界に溶け込むように揺らぎながら消えて行った。

 夜の闇の様な落ち着いた黒のムシチョウは光の無くなったその辺りをいつまでも眺めていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 よろよろと力なく飛んできたケマリに黒いムシチョウはフサムシを与えていた。

 「いつもだと思うな?たまたま通りかかっただけだ。」

 その島には『餌不要!勝手に盛るな!』と書かれてあった。

 「餌不要のわりにずいぶん長い事ありついていないようだな。」
 
 ケマリは小さくうんうんとうなずいて再びフサムシをほおばった。

 「俺の飼い主はリヴリーが好きすぎて三匹じゃ飽き足らず、他人のリヴリーの面倒まで見ているお人よしだ。だが人間がみんなそういう奴らばかりじゃない。リヴリーは飼い主を選ぶことはできないが生き方は選んでいいと思うぞ。」

 「えっと、旦那は何の話をしているのですか?」

 ケマリが小首をかしげる。

 「否、聞き流してくれ。」

 聖秀吉はその島を後にした。



 今や誰も住まなくなった島に現れた黒いムシチョウはそこに建つ墓標を背に大声を上げた。

 「お前らがっ!!お前らみたいなのが居るからっ!!だからこういう奴らが増えるんだろっ!!俺の舎弟はっ!!あいつは最後までお前を信じていたんだぞ!!命を失うその瞬間までお前が来ると疑わなかったんだ!!お前には過ぎた奴だ!!馬鹿野郎!!」

 声はどこにも届かずただ静寂が返ってきただけだった。

 「黙っていろ、俺らしくないかどうかなんて関係ない!俺は腹が立っているんだ!おまえだってそうだろう!…」

 「…ったく!わかったよ!そういうとこ変わらないなお前は。」

 一度キッと天井を睨んだ聖秀吉だったが『花』の術を使った。
辺りに満開の花が咲き乱れはじめる。

 「え?そう言われてももう出しちまったもんしょうがないだろ。」

 次々生じる花の海の中で聖秀吉は肩をすくめた。

 「確かにな。一緒に居るんだから必要ないわな。え?ああ、もう立ち去るとこだ。…あのなぁ、俺は別に腹減っている奴のとこを回っている訳じゃなくてだな、…まぁとにかく行った先にたまたまそういう奴が居たんじゃ仕方ないってだけでな。」

 角をつけた黒いムシチョウが去った後、花に埋まった島が残った。
 墓標はそこにあるがそれはただのアイテムにすぎない。
 その島には今、誰もいないのだから。



バレンタイン台詞劇

「と言う訳で来てあげたわよ。」
「・・・。」
「どうせ一つももらえなかったんでしょう?余ったから・・・」
「もらったけど・・・」
「え?」
「いやもらったけど・・・」
「・・・。」
「・・・。」
「うそ・・・。」
「嘘じゃないし。」
「だって去年いっこもなかったじゃん。」
「今年はもらったんだよ。」
「嘘・・・誰から?」
「後輩だけど・・・」
「!み、三つも!(って一個明らかに気合が入ってるじゃない!)」
「なんかもらった・・・」
「・・・・・・・・・・・・・没収っ!!」
「はぁ?!なんで!」
「この大きいのだけ残してあげる。あとは没収!」
「せっかくもらったのに!」
「ほら!あたしの余ったの上げるからそれでチャラよ!好きなの一個選びなさい!」
「ふたつ取り上げて一個かよ!」
「男が三つもチョコなんて食べないの!」
「・・・。」
「さ、好きなの選びなさい。」
「・・・。(『ひと目で義理だとわかる』で有名なブラックフラッシュ・・・。チロル帽子チョコの詰め合わせ・・・これは友チョコってやつかな・・・なんか手作り感たっぷりなのが一つ・・・もしかしてええっ?そういう人いたのか・・・あ、でも・・・そっか・・・可哀そうに・・・・・そんな思いが詰まったのはさすがにね・・・)」
「さっさと選びなさいよ。どれでもいいんだからね。」
「じゃぁ・・・この詰め合わブッ!!」
「バカァァァァァァ・・・・・・・!!(ドップラー効果)」
「・・・・・ってぇ・・・うわ、鼻血でてら…」

タグ:創作



新年明けましておめでとうございます。 [イェルクッシェ]

毎年恒例、イェルクッシェの筆神扮装。

今年は龍の姿をした筆神、『蘇神』です。

蘇神イェルクッシェ005.jpg

今年もよろしくお願いします。



Scene”Boyhood” [仮面ライダー]

 少年は乱暴者だった。
 
 同じ世代の子供達よりも体は大きかったし運動は得意だった。
 母子家庭だったことが理由だったのか、いろいろありもしないことを言われ、いじめの対象になりかけることがよくあったが、彼はそうはならなかった。

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Scene”Retreat” [仮面ライダー]

 目の前で倒れた蝙蝠の姿と、踏み砕かれた血清であろうバイアルを目撃し、香川は苦渋の判断を下さなくてはならなくなった。

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サウンド・オブ・ミュージック

今夜やっていましたね。

あれはいいですね。何がいいって、どこもかしこもですねw

最近は派手な映画が多いですけど、台詞回しや仕草で魅せることができるっていうのはやはり素晴らしいと思います。

あの作品は『名だけの名作』ではなくて『本当に名作』だと思います。

最近の映画は『大作なのに駄作』なんてのもありますしねぇ・・・。

初めて観たのは中学の時でしたが、その後何度か見ましたが、この年になって背筋にびりびり来る良さを改めて知りました。

つまり大人向けの映画だったってことでしょうかねぇ・・・子供の僕には良さが充分わかっていなかった・・・。
これが数年後はもっと良く感じるようになるのかな。

この作品ほどの感動はないし、方向性も違うのだけれど、『となりのトトロ』も似たところがありますね。
子供向けアニメの振りをしたたおじさんおばさん向けアニメ。

あれを初めて観たのは高校時代、当時はさっぱり良さが分からなく、駄作だと思っていました。
でも映画冒頭の『わすれものを届けに来ました。』のフレーズの意味は当時から何となくわかっていたんです。

大人になるにつれトトロのすごさがわかるのは忘れ物の量が増えたり、そこまでの距離が遠くなったりするからなのだと思います。

しかし、いまだにトトロは僕の中ではいい映画ではあっても名作からは程遠かったりするのですけど・・・。







イェルクッシェのやつは『さーは うさぎのさー♪』なんて無茶苦茶な『ドレミ』を歌っていました・・・。



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