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Scene”Assassin” [仮面ライダー]

 夕暮れのファーストフード店の店内は学生達で賑わっていた。
 フィッシュバーガーを片手に、恵美は身を乗り出して由佳里に力説していた。
 「見てよ由佳里!やっぱりそうなんだわ!」
 目の前に広げられたゴシップ誌と親友の顔を見比べながら由佳里はやや気圧されている。
 たった二日前の事がもう記事になっていた。
 「あ!これ見た見た!」
 横から他の女生徒声を上げる。

―――――――

 新米刑事が一つの情報源だとしてこともあろうにゴシップ誌なぞを置いていくものだから香川の機嫌は良くなかった。
 写真こそ載ってはいないが、あの通り魔の記事がつらつら書かれている。
 それに加え、香川の失態まで面白おかしく語られていたのだ。
 香川は少し言ってやろうと椅子から立ち上がった。

―――――――

 「ほらほら!彼、信号無視した自動車から歩行者を守っているの!」
 それを聞いた女生徒がそうだけどと言いながら反論をする。

―――――――
 
 「力ずくで方向を変えられた自動車はガードレールに突っ込み運転手は病院送りだ。」
 香川の言葉に納得しつつも新米刑事は首をすくめながらしかしですねと言った。

―――――――

 「信号を守らないほうが悪いのよ。自業自得だわ。それに彼はビルから飛び降りた人を受け止めたのよ!空中で!」

―――――――
 
 「警察が下にマットを置いていた。目立ちたいだけにも見えるな。」

―――――――
 
 「暴力団を店から締め出したって。」

―――――――
 
 「やつが暴力団みたいなものだからな。」

―――――――

 「ずっと迷惑だった暴走族を解散させたのも彼なのよ。」

―――――――

 「走れない体にしてな。いつもの手口だ。」

―――――――

 「引ったくり犯も捕まえてる。」

―――――――

 「通り魔が増えているけどな。」

―――――――
 
 「彼の一喝で禁煙区域の喫煙者が見事なまでに減ったのよ!」

―――――――

 「目の前で腕をへし折られるのを見たんだろうな。」

―――――――

 「つまりね、彼は警察でさえできないことを一人でやってのけているんだわ。」

―――――――

 「やることがいちいち小さい。しかも短絡的だ。全く根本的な解決にはなっていない。」

―――――――

 「あら、警察や国はその小さなことすらできないんだから、彼はやっぱりすごいと思うわ。」


―――――――

 「犯罪者を擁護するこの記者の常識を疑うね。」

―――――――

 「彼が誰かを傷つけるのは誰かを救う時だけよ。私も由佳里も命を救われたんだから!」

―――――――

 「被害者の数を見ろ!どっちが加害者なんだ!」

―――――――

 「それでも私、ナイトバットを信じる。やりすぎているところも確かにあるかもしれないけれど、彼、人を殺したことないの。」
 言い切る恵美に由佳里は心配そうな表情を見せたが、見出しにもなっているそのフレーズに気づいて問いかける。
 「その、ナイトバットっていうのが彼の名前?」
 恵美はにっこりした。
 「そう。取材を受けた時にね、私がつけたの。だって彼。」
 腕の前で合わせられた手が彼女の気持ちを表しているように由佳里には思えた。
 「ヒーローだもの。」

―――――――

 香川は雑誌をゴミ箱に放った。
 「何がナイトバットだ。奴はアウォークだぞ。人間ですらない!人を殺すために作られた兵器だ。CADUCEUSの計画を遂行しているかもしれないんだ!」

 そろそろパトロールに出かけようと香川は部屋を出た。

―――――――
 
 部活動を早めに終えて帰ってきた優は、当番である夕食の支度をしようと壁にかけてある姉の手製のエプロンをかけた。
 しんとしているのも味気ないので、なんとなくリビングにあるテレビをつけるとどのチャンネルもニュース番組ばかりだったが、その内容は共通していて少し驚いた。
 
 ライブ中継で立てこもった銀行強盗事件を報道していた。
 優が知っている比較的近所の銀行だったので驚きもいくらか増し、優はしばらくテレビの前から動かずにいた。

 野次馬が集まっている中、リポーターはやけに騒いでいる。
 「繰り返しお伝えしています。つい先ほどです。女子高校生と思われる二人が、警官達の包囲を振り切って、なんと中に飛び込んでゆきました!彼女達の詳細は不明ですが、制服から地元の高校生ではないかということです。」
 
 優はあきれた。
 何が楽しくて強盗のいる銀行に飛び込むのだか。

 レポーターは今度は順を追って説明していた。
 「強盗があったのはおよそ午後一時頃でした。覆面をかぶった二人が猟銃らしきものを突きつけて行員を脅した模様。通報を受けて警官達が駆けつけるまでに逃走が間に合わなかった犯人は人質を取って立てこもり、その後何時間もこう着状態が続き動きが無かったのですが、十五分ほど前、黒ずくめのマントをはおったような謎の人物が突如空中から舞い降り、銀行に入ってゆきました。」

 優は目を見開いた。
 それは姉とその親友を救ったというナイト何とかではないのか?
 「男が飛び込んで十五分になります!しかし動きは在りませんでした。その後でした!つい先ほど、突如女子高校生と見られる二人が警官達の包囲を強引に振り切り、なんと銀行の中へ駆け込んでしまったのです!」
 映像は変わって泣きじゃくる女子高校生が映った。
 優がよく知った制服である。

 「二人を助けてください!私止めたんです!でも恵美が!解決した後うたれちゃうって!由佳里も止めたんだけど恵美だけ放っておけないからって!私どうしたらいいのかわからなくて!!」

 言葉が出ない優。

 今、なんと言った?少女はなんと言った?

 銀行の中には猟銃を持った男と、あの夜、姉を追いかけて目撃した蝙蝠の姿の化け物がいるのに?

 優は突如全身炎に包まれたかのように暑くなった、しかし体はそれに反して鳥肌や震えが来ている。
 パニックに陥りそうな自分をなだめようと部屋の中をふらふら歩き回り、そうだ水を飲もうと台所に行くとじゃぁじゃぁと蛇口をあけ、それをしばらく眺めた後、ああ器がいると思い、一番手近にあったお玉を手にして水を受けたが手が震えて口に持っていくまでに中身はほとんどなくなっていた。

 エプロンをすっかり水浸しにしながら優は、中学生というものはどうしてこうも無力なのだろうとがちがち鳴っている歯を噛み締めるばかりだった。

―――――――

 すっかり包囲されてしまっている銀行の中はぴりぴりした空気で張りつめていた。
 受付カウンターの前に梱包用のテープでぐるぐる巻きにされた行員や客達が寄り添うように転がされている。

 由佳里と恵美がやってきたのを見て窓際にいた銃を持った長身の男と大きな鉈を持った小太りの男は入り口の二人を敵意を持って睨んでいた。
 そしてそれを守るかのようにあの夜二人が見た蝙蝠の男が立っていた。

 「なぜ来た。」
 蝙蝠が背中で言った。

 恵美がその背をまっすぐ見て言う。
 「あなたがこの事件を解決するのはきっとすぐだわ。でもその後どうするの?」
 
 携帯のワンセグ放送を見た恵美が決断するまでの時間がほとんど無かったことを由佳里は思い出していた。

 恵美は続けた。
 「こういう事件って犯人が暴れたときのこと考えて警官がいっぱい囲うでしょ?きっと武装だってしているわ。それに、アメリカのニュースとかでやっているもの。銀行の中の犯人を直接狙撃するスナイパー。今はシャッターやカーテンで外から見えにくいかもしれないけれど、あなたが外に出たら撃つかもしれないわ。警察はあなたを通り魔だって思っているもの。事件を解決した人を撃つなんておかしいじゃない!」
 
 「君達が来てなんになる。」

 恵美が答える前に猟銃の男が叫んだ。
 「お前ら何のつもりだ!そこの化け物!お前もだ!出て行けって言っているだろう!」

 さしもの銀行強盗もこの異様な男とはあまり関りたくないようだ、だが蝙蝠のほうも相手が人質を取っていてなかなか手が出せないのだろう。

 「まぁいいや、おい!そっちのポニーテール!そこの化け物をこいつで縛りな!」
 そういって男は梱包テープを放ってきた。

 「何で私が!」
 恵美はそれを投げ返すように鉈の男に勢いよくぶつけた。

 「てめぇ!こいつらがどうなってもいいのかよ!」
 鉈男が老女の顔に鉈を突きつけた。
 「やめてくださいやめてください。」
 老女は目いっぱい顔を背け弱弱しく言う。

 「わかったらとっととやれ!」
 もう一度投げられた梱包テープを受け取り、恵美は悪態をついた。
 「最低、弱いものをたてに取るしか能がないって。もっともそんなの能って言わないけど。」

 恵美は一度蝙蝠を見たが、蝙蝠は小さくうなずいた。

 恵美はしぶしぶ強盗たちを睨みながらこうもりの両腕にテープを巻く。

 「おいおい、いい加減にやるんじゃないぞ。」
 「わかっているわよ!」
 「手が終わったら腕ごと体にも巻きつけろ。」
 「うるさいわね!」
  恵美はあまり手際よく行わなかった。
 「とっととやれ!」
 「銃で脅されているんだから手が震えていたって仕方ないでしょ!」
 「終わったらお友達も縛るんだ。」
 恵美は一度振り返った。
 「あんた達、こんな女の子まで怖がっているの?」
 「お前の意見なんか聞いていないんだよ、終わったら帰っていい。」

 それを聞いた由佳里が今度は言う。
 「帰っていいって言うのなら、私達が残るから他の人たちは解放してくれませんか?」
 猟銃男がいきり立った。
 「指図するつもりか。」
 「そうじゃありません。だってそうでしょ?人質を解放したらいくらか外への印象もよくなるし、要求だって通しやすくなるかもしれませんよ。それに、大勢を管理するより少人数のほうが目が届きやすいです。」
  鉈男が首を振った。
 「だめだだめだ!」
 由佳里はさらに続ける。
 「でも考えてみてください。ここにはお年寄りの方や・・・その・・かっぷくの良い方もいます。そういう人たちが極度の緊張状態を長く続けて、何か健康を害するようなことになれば余計に面倒なことにもなりますよ。私と恵美ちゃんはその点問題ありませんもの。」

 蝙蝠を縛り終えた恵美も言った。
 「そうよ。すくなくともお年寄りや不調を起こしそうな人は解放すべきだわ。数が多ければいいってものでもないでしょう?」

 「いいからお前はお友達を縛れ。」
 銃口が女性行員に向けられたものだから恵美は相手をきつく睨みつけたものの、親友の両手をとるしかなかった。

 「由佳里、ごめんね。」
 「大丈夫、人生って言うのは様々な門が行く手を閉ざしているものよ。でもきっと鍵は見つかる。それをちゃぁんと鍵穴にはめ込めば世界は開けるんだから。ね?」
 片目を閉じる由佳里に恵美は小さくうんっと頷いて、彼女の手首にくるくるとテープを巻いた。
 
 「これでいいでしょ?」
 
 「足もだ。蝙蝠野郎とお嬢ちゃんの足も縛ってもらおう。」
 
 恵美は反論した。
 「なに言ってるの?この人は両腕も体もぐるぐる巻きで、由佳里も両手使えないのよ?なに?もしかしてあんた達、由佳里に何かしらしようって言うんじゃないでしょうね。そこまで行くとあんた達、最低の底さえぶち抜くわよ。」

 ぎりぎり吊り上げられた眉ですごまれると男達はまぁいいだろうと引き下がった。
 「じゃぁお前はもう出ろ。」

 「親友を置き去りにして?できるわけないじゃない。」
 「わざわざ入ってきたほうが悪い。大体何しに来たんだ。」
 恵美は決まっているでしょと言った。
 「ここに恩人がいたからよ。」
 
 「じゃぁいい、そいつを連れて出て行け。」
 男が譲歩したが恵美は首を振った。

 「由佳里がいるんだからまだ出て行かない。」
 「出て行けって言っているだろう!」
 男の怒鳴り声に負けないくらいの声で恵美は反論した。
 「私が怖いの?!」
 空気がびりびり震え、一瞬静寂が横切った。

 「いいだろう。その代わりお前にもおとなしくしてもらうぞ。」
 男達はわけのわからない蝙蝠のような男や二人も少女達が入ってきた意味が全く理解できなかったがとにかく場を掌握しなくてはいけないと思っていた。
 「ゆっくりとこっちへ来い。お前にも縛られてもらう。」
 「そんなこと言って、変な事しないでしょうね。」
 「当たり前だ!とっとと来い!」

 恵美は一度蝙蝠と親友に向くと小さく微笑んだ。そして由佳里にだけ聞こえる声でいたずらっぽく言った。
 「ねぇ、私って色っぽいと思う?」
 由佳里が意味を把握しようとしていると恵美はさっとブラウスのボタンを一つ外し、男たちの方にゆっくり歩いていった。

 「妙なまねするなよ?」
 猟銃男が女性行員に銃を押し付ける。

 「あんた達が怖がるようなことなんか、私にできるわけないじゃない・・・。」

 ゆっくりゆっくり近づく恵美に鉈男がテープを広げて一歩近づく。
 
 「何も持っていないだろうな、両手を前に出せ。」
 
 「わかったわよ。」

 言われるままに両手を突き出し、そっと歩いてゆく恵美。額にはうっすら汗がにじんで緊張している様子が見えた。
 
 「ようしいい子だ。ゆっくり来い。」
  
 その時由佳里が声をかけた。
 「恵美ちゃん?」
 恵美がそれに反応し振り返る、が、おかしなかっこで歩いていた事と、緊張していたことが仇になったのか、足をおかしくもつれさせてその場で見事に転倒した。
 「恵美ちゃん!」
 由佳里がさらに叫ぶ。
 両手を突き出していた恵美は床までべっしゃりと完全に倒れ、いったーっとつぶやいた。

 「おい!」
 鉈男が驚いて近づく。 
 「おいじゃないわよ・・・あんたが手を出せっていうから・・・」

 恵美はゆっくりと上体を起こしていった。
 鉈男の位置からは二つ目までボタンの外されたブラウスの襟元から彼女のふくらみが少しだけ垣間見えた。
 特に注視するつもりはなかったのだが、どうやら恵美にとってはそうではなかったらしい。
 
 小鹿のように跳ね起きた恵美は男の両腕を抑えた。
 不意を突かれた男は見事に床に転がされ、恵美に馬乗りにされた。
 「野郎!」
 「野郎じゃないわよ!小娘って呼んで!」
 必死に押さえ込もうとする恵美ではあったが男のほうが力は圧倒的だった。それでも何とか自由を奪おうと恵美は奮戦する。

 「兄貴!」
 鉈男が助けを呼ぶが呼んだ相手は力なく答えただけだった。
 「よせ。」

 猟銃男は蝙蝠に高く持ち上げられ、壁に押し付けられていた。
 頼みの猟銃は隅のほうに転がっている。
 
 恵美が倒れ、男達の注意がそちらにそれた瞬間を蝙蝠は見逃していなかったのだ。
 梱包テープからトイレットペーパーでも引きちぎるよう自由になると、人間業とは思えぬ速度で猟銃男に間をつめ、恵美が鉈男に飛び掛った時には相手の猟銃を片手で跳ね飛ばしていた。
   
 「恵美ちゃん!」
 由佳里が親友に駆け寄る。
 断面を数字の6のようになるように両手首に巻いたテープはくっつけるとあたかも縛られているかのように見えていたが、由佳里は自由だった。
 
 蝙蝠の力を一度見ている恵美は梱包テープなどすぐ引きちぎれるだろうと思っていたが、それでも何重にもすると自信がなかったので手が震えてうまくいかないふりをしつつ、何箇所か切り込みも入れてあったのだった。


 「形勢逆転ね、エッチなおじさん。」
 恵美は勝ち誇りながら鉈男から離れる。
 「そんな貧疎な体でよく言う!」

 恵美は少しも怒らなかった。
 「その貧祖が好きでこのざまなんでしょ?」
 その言葉にかぶるように由佳里は恵美ちゃんは貧祖じゃありません!と反論していた。

 二人がそうしていると後ろで苦痛を訴えるうめき声が上がっていた。
 蝙蝠が猟銃男の腕を折ったのである。

 たまらず由佳里は彼を止めに入った。
 「やめて!もう終わりました!後は警察に任せましょう。・・・あなたは逃げなくちゃ・・たぶん・・・。」

 蝙蝠は一度それを聞いたが、返事をせず、男のもう片方の腕を折った。
 悲鳴は上がらない、骨を折られる苦痛とは声すら出ないのだ。変わりに見ていた女性客がきゃあきゃあ騒いだ。

 蝙蝠は猟銃男を放ると今度は鉈男に近づいた。

 鉈男は鉈を振り回し、来るな来るなと叫んだが、蝙蝠は全く意に介さず彼に近づいた。

 おびえた鉈男は恵美を引き寄せ彼女の首に刃を突きつけようとしたが由佳里が後ろからそれをひったくった。

 「わー!わー!やめてくれ!」
 
 「お願い!」
 恵美がわって入った。
 「お願いです、ナイトバット。腕を折らないでいてあげて、こいつらはもう間違いなく警察に捕まります。あなたが手を出すまでもありません。あなたが手を下したやつらは警察がなかなかできなかった相手ばかり。」

 「ナイトバット?」
 蝙蝠が怪訝そうな声で言った。その顔が凶悪なネズミに似ているので表情までは読み取れない。

 「あなたのことです。お名前を知らないので・・・。どうかナイトバット、必要ない時は制裁をしないでください。もしその・・許されるのであれば、私に免じて。」
 
 蝙蝠は微かに首をかしげた。
 「君のような勇敢な娘が、こんな小悪党をかばう必要はない。」
 恵美は首を振った。
 「私が守りたいのはあなたの名誉です。ナイトバット。」
 
 蝙蝠は少し考えた後恵美を軽く押しやり、男を片腕で持ち上げ、猟銃男のそばに放った。

 「どんなに困ってもこんなことはするな。今回は大目に見てやる。この勇気ある少女に感謝するのだ。」

 「ありがとうございます。ナイトバット。」
 恵美はそういって頭を下げた。由佳里もそうしなくてはいけないような気になってついつい真似をした。そうしてそこで由佳里は気づく。
 
 「恵美ちゃん!腕!腕!」
 「ああ・・」
 恵美は苦笑した。
 「乱闘しちゃったからね・・今頃になって痛くなってきた・・・・わーん由佳里ーっいたいよーう。」
 恵美の両腕には鉈でついたと思われる切り傷がいくつもついていた。
 もみ合いになった為、大きく振るわれることはなかったので傷自体は浅いものばかりだったのだが、白い袖のブラウスに滲む赤い血は痛々しく見えた。

 由佳里は恵美の袖を優しくめくって自分のポケットから軟膏を取り出しそっと塗りつける。
 裁縫道具と簡単な救急道具はいつも持ち歩いているのだ。

 薬を塗ってもらいながら恵美は真剣な面持ちで言った。
 「由佳里、お願いがあるの。」
 「だいたいわかってる。安心して、ちゃんとやってみせるから。でも優ちゃんには内緒ね。」
 「ごめんね、私がやるつもりだったのだけど、怪我人がやったらまるで彼がそうした見たいだもの。」
 「うん、それもわかってる。」

 蝙蝠男が出ていこうとした時、由佳里が呼び止めた。
 「待って、恵美ちゃんがここに来たのはあなたを守る為なの。きっと外には狙撃主がいる。あなたはその・・・機動隊か何かに目をつけられているでしょ?良い事をしたってきっと出たところを撃たれるに違いないわ。」
 「なにをしようというのだ。」
 蝙蝠は由佳里の振り返る。
 「あなたは私くらい抱えて飛べますか?飛び降りた人を受け止めたのは聞いているのですけど。つまりね?あなたが民間人を抱えて飛んでいたら狙撃手はお仕事ができないわけよ。だってもしあなたが墜落するようなことになったら民間人を殺しちゃうことになるでしょう?」
 「あきれた子供達だな。」
 蝙蝠は一度瞬きをした。
 「心配しなくても俺はライフル銃などではやられたりしない。」
 「でももしもあの機動隊みたいのが新しい銃を開発していたらわからないもの。」
 
 蝙蝠は小さく息を吐いてやや口の端をあげた。
 「世の中には物好きがいる。」
 「あなたのやり方に正直私は感心していないけれど、恵美ちゃんは親友だし、一度私達、助けられているもの。」

 蝙蝠は恵美を見た。
 「ナイトバットか、覚えておこう。」

 蝙蝠はゆかりを軽々抱えると外に出て行った。

 戦意を失った強盗をよそに、恵美は人質のテープをはがして回った。


―――――――

 報告を受けて現場の銀行に駆けつけ、突入の時機をうかがっているとなんと敵はのうのうと出入り口から現れた。
 マスコミが騒ぎ出す中、香川は一歩前に出たがそれ以上近づけなかった。事もあろうにアウォークは人質をとっていたのである。
 その両腕に高校生であろう少女をいくらか大事そうに抱え、彼女はおびえているのか蝙蝠にしっかりつかまるような形になっていた。

 蝙蝠は出て来るなり一瞬も待つこともせず大きなマント、いや翼を広げ高々と夕闇の空へ舞い上がった。

 「あいつ!」
 香川はまだ慣れていないモードを起動した。
 「アクティブテクスチャ」
 「Mapping」
 ハードウェアシステムの装甲が簡略化され、代わって姿勢制御や加速に使われるノズルが付加される。
 
 闇に紛れようとする黒い影を香川は追った。
 地を蹴った跳躍は香川が思った以上に跳ね上がり、大きくバランスを崩したが、急いで姿勢を制御し、空中でふらつきながらも何とか高速で飛び去る蝙蝠に追いすがろうとする。
 
 システムが高速仕様になっても中の香川がそうなったわけではない、出力に振り回されるようにしながら香川は空中を飛び回る敵を追い続けた

―――――――

 蝙蝠の腕の中で、由佳里は今この人はきっととても気を使って飛んでいるのだろうなと思っていた。というのも、高く飛べばそれだけ障害物も少なく警察を振り切りやすいだろうに多分由佳里が怖がらないように色んなビルの屋上近くを選んで飛んでいる。
 何かの弾みで由佳里が落ちてしまったときの事を考えてもいるのかもしれない。

 「帰る道はわかるか?」
 一度だけ聞かれた質問に由佳里ははいと答えた。

 「蝙蝠さんはどうして銀行に行ったんですか?」
 「そこに悪人がいたからだ。」
 由佳里は一度首をすくめた。
 「・・・お巡りさんに任せたほうが良かったのでは・・・。」
 「君達を巻き込んだのは悪かったと思っている。」
 蝙蝠がそう言った時、何かが二人のそばをかすめた。

 その腕にこめられた力から由佳里は蝙蝠が何かしら緊張をしたのだと感じた。
 「礼を言う。」
 言うなり蝙蝠は近くの屋上に降りた。
 大切に由佳里がおろされいていると背後からやや甲高い声がかけられる。

 「蝙蝠君、再三の忠告にもかかわらず、相変わらず派手に活躍しているようだね。」
 由佳里が蝙蝠から顔を出して後ろを向くとそこにも異様な姿の男が立っていた。

 以前見かけた蜘蛛の化け物のように手足がたくさんある。
 人間でいう両手両足のほかに両肩から巨大が鋏がさがっており、わき腹からも腕が生えていた。
 夕闇の中で正確な姿はわからないが長い尻尾が生えているようにも見える。
 蝙蝠が振り返り、由佳里をかばうように翼で隠した。

 「この子は関係ない。場所を変えよう。」
  鋏男は頷いたようだった。
 
 ところがここに乱入してくるものがあった。

 ブルーの金属光沢を輝かせ、香川が二体のアウォークの間に降り立った。
 
 「おやおや・・噂に聞いたハードウェアシステムってやつかな・・。」
 鋏男は言いながら身構える。

 「仲間がいたのか。」
 香川も身構えると鋏男はどこからか剣を抜いた。

 一瞬のうちに間を詰め、二人の刃が交わって火花が散った時、もう一つ追いついた影があった。
 
 「Cancellation」

 みるみるオパールのような白銀色に変わったその姿は夕闇の中でもほんのり発光しているかのようにも見えた。

 「貴様は・・・」
 香川と鋏男両者から声が漏れる。

 「仮面ライダー!」
 「Arts!」 

 白銀の戦士は蝙蝠に向くと白い軌跡を描きそうな速さで突進した。

 蝙蝠は由佳里を横に突き飛ばし、空中に舞い上がる。

 「逃がすか!」
 それを見ていた鋏男が尻尾から何かを飛ばした。

 背中にそれを受けた蝙蝠の翼は見る見るとけて行き、彼はたちまち墜落した。
 
 「蝙蝠さん!」
 由佳里が駆け寄る。
 「大丈夫だ。君は逃げろ。」
 
 蝙蝠の言葉に安堵すると由佳里は鋏男に向かって言った。

 「一体どういうつもり?!あなたは蝙蝠さんのお友達じゃないの?!」

 鋏男は脇から生えた腕で香川を殴り飛ばし、その際一度切りつけた後由佳里に向く。
 
 「お友達?違うねお嬢さん。私は仕事をしに来たのだ。」

 香川はダメージが軽微であることを確認すると装甲の弱いこのモードを解除し、通常のモードの戻した。
 「仲間割れか?」
 蝙蝠と鋏男を交互に見比べていると、白銀の戦士は蝙蝠だけを見ていた。

 「勇気ある少女、ここから逃げるのだ。あいつは俺の仲間ではない。君をあえて狙うことはないと思うが、これ以上俺をかばうとそれもわからない。」

 由佳里は蝙蝠と鋏男を見比べて言った。
 
 「あの人はなんなの?一体なにをしに来たの?」

 蝙蝠は言った。

 「仕事をしに来たのだ。あの蠍野郎は、刺客なんだよ。」

 蠍はそれぞれの腕に剣を握った。

 「蝙蝠君だけでなく、ハードウェアシステム、そして何よりArtsに出くわすなんてね。なんて幸運なんだろう!」


2010-05-18 04:33  nice!(8)  コメント(4)  トラックバック(0) 
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コメント 4

takehiko

おおおおおお・・・。
恵美ちゃんいつかやらかしそうな気がしたのです。
ネズミさんのような顔でも
せっかく出てきた香川さんが敵役に思えるほど、ナイトバットさんがカッコよすぎるものなぁ。
何よりお嬢さん方が無事でほっとしましたw

以前台詞だけのお話しを拝見して、それだけで人物の描写をしてしまうことに度肝を抜かれたのを想い出します^^

そして・・ついにでましたねっ!
あの白い戦士!仮面ライダー!!
蠍男も交えての三つ巴、四つ巴(由香里さんも交えたら五つ巴かな?)の戦いが始まるのでしょうか!
刺客というからには、蠍男もナイトバットも組織だったものに所属しているのだろうなぁ。

想像はさらに膨らみます。

タグに「未完予定」と入っているのがとっても気になりますが
こんなにわくわくのストーリーが拝見出来るなら
いっくらでも待ちますぞ?

でもでも・・・続きがきになるーーーーっ!!!
by takehiko (2010-05-18 07:58) 

じぃじぃ

こんにちは、ブログを訪問 nice を頂き
ありがとうございました。(^▽^)/
私の年代だと『蝙蝠』という漢字を見ただけでグッときます。

by じぃじぃ (2010-05-19 11:08) 

xephon

takehikoさんコメントありがとうございます。

なんか香川君・・・ずっとへたれですねぇ・・w

ナイトバットはNightではなくKnightだそうですよーw
by xephon (2010-05-21 05:30) 

xephon

じぃじぃさんコメントありがとうございます。

『蝙蝠』なんて書いていますけど実際には書けません・・wPCさまさまですーw

仮面ライダーといえば蜘蛛男に蝙蝠男ですからねぇwこれはお約束ですー。
by xephon (2010-05-21 05:32) 

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